愛の日記


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二人の文学者に見る月との葛藤 ②寺山修司氏

2019/1/14
二人の文学者に見る月との葛藤 ① 三島由紀夫氏

2019/1/3
新年早々、円高カウンターパンチ

2018/12/31
年末年始のご挨拶

2018/12/29
月のサインのまとめ(占星術を知らない方でもお読みいただけます)



二人の文学者に見る月との葛藤 ②寺山修司氏 2019年01月15日(火)

二人の文学者に見る月との葛藤 ②寺山修司氏 1935年12月10日生まれ(月はふたご座)

文学者と月との関係についての二人目の考察は、寺山修司氏、寺山氏の月はふたご座です。

私は学生時代に寺山修司氏の大ファンで、渋谷の並木橋というところにある天井桟敷の前を通って、毎週渋谷の場外馬券売り場に通っていました。天井桟敷の前を通ると色々な恰好をした男女がおり、それを見るのが楽しかったことを思い出します。

寺山氏の作品は不思議なレパートリーに満ちており、その中でも、ドイツのケストナーに似た作品群がありました。あまり知られていませんが、その中に「さよならの城」という詩集があって、私は大きな影響を受けました。

自分も文章を書きたい、、、と思うようになったのも、寺山氏の「さよならの城」に影響を受けたからです。内容は少女詩集のようなもので、おとぎ話しのようでしかも幻想的な作風の詩。私はそれに魅せられ、似たような詩を大学生時代にたくさんつくりました。

寺山修司氏は、中学時代から俳句や詩、童話を書き続け、学校新聞に投稿したりしながら段々と評価され、文学者の目にまで留まるようになっていきます。

早稲田大学の国文学部に入った氏は、たちまち頭角を表します。その頃の代表作「父還せ」は大変な評判をとり、華々しく寺山修司は文壇にデビューすることになります。

彼の出生時の月はふたご座にあり、本来は、書いたり語ったりすることには才能が無い、はずです。あっても真似事を抜けられないと考えるわけですが、寺山氏の場合は早くから才能を発揮しています。

ただ気になるのは、そのジャンルが一定でなく、どこに何を求めているのかが定まりません。ふたご座の月は、思考能力がないことを示しますが、一定の考えを深めることは苦手だったのかもしれません。世に出るきっかけとなった「父還せ」は同時期に発表された「乳房喪失」の影響が大きかったと言います。

また私が影響を受けた「さよならの城」は、ケストナーの影響を受けたものでした。常々、寺山氏は誰かの影響を色濃く受けて自身の作品に生かしていきます。

寺山氏は、俳句と短歌の世界では、天才の名を欲しいままにしていました。早稲田大学当時、同世代にあたる学生に、大橋巨泉氏がいました。巨泉氏も俳句の道を進もうと思っていたのですが、寺山氏には逆立ちしても勝てないと思い、その道をあきらめたということです。

しかし、そんな寺山氏に一大スキャンダルが襲います。寺山氏の俳句が模倣ではないか、、、との問題が持ち上がったのです。盗作問題です。中村草田男氏や西東三鬼氏らの俳句の模倣ではないか、という批判でした。

白黒の決着はおぼろげになったと思いますが、寺山氏としては、純粋な思いでこの道だけに進む、というわけにもいかなくなったと思われます。

実は、ふたご座の月は、この問題と非常に深く関係します。ふたご座の月は考える能力がなく、思考力に弱さがあるので、自身の考えが持てません。どこからから借りてきて補う以外に方法がないのです。ふたご座の月の人が文章を書く際に非常に苦労するのもこの点です。

自身の中に思考がないのですから、本当ですと創作は無理です。しかし、自身はふたご座の思考や創作、文筆にこだわり続けますので、方法はどこからから持ってくる以外にありません。盗作問題という悪意は到底ないのですが、どうしても借り物なので似てしまいます。

寺山氏もそれを行ったと思わざるを得ません。状況の証拠は沢山あり、俳句はクロスワードパズルではない、、、と批判されるようにまでなります。クロスワードパズル的俳句とは、あちこちから単語を集めてきて、クロスワードパズルのように一つの世界を作る、、、ということです。

寺山氏の太陽はいて座ですから、構成力の方は本物です。あとは、深みのある単語や表現を借りてきて、それを独自に構成することで、魅力的な表現の世界を作ることになったと思われます。やはり寺山氏は、創作活動の最初の表現、思考方法のなさで、本当は困っていたと思われるのです。

短歌と俳句の道だけでは無理なので、以降、様々な方向への活動が始まったとも思われます。しかし、常に思考の無さは付きまとったはずで、彼にしかわからない苦悩があったと思います。以降、寺山ワールドはもの凄い広がりを見せますが、単独で行ったものは少なく、横尾忠則氏や東由多加氏、奥さんになった九条映子氏、谷川俊太郎氏、場合によっては明日のジョーなどの個性との協力世界の創出という面があったと思います。アイシンクができない、、、という月ふたご座の弱点を、人なつっこさや、人間関係を本能的に応用して補ったのでしょう。

寺山氏の多様なワールドは、個性の噴出というよりも、人の巻き込みによる場つくりの面が大きかったと思われます。ふたご座月は、人と話しても、何を話そうとしているのか、、、なかなかわからないし、最終的にも伝わらないのですが、それは良い面での巻き込み現象を促進させる利点があります。

「よし、わかった、、、おれが絵を描くよ」「よし、私がここで気張ってみるわ」「それなら外国に誰それという人が似たことをやってるので、連絡してみるよ」というような、おそらく垣根を超えた助け手の出現により、寺山ワールドが広がった気がします。月ふたご座には、アイシンクがないので、自分からワールドを見せることはできません。周囲のありがたい誤解による発展方式が寺山ワールドを支えていた面があったと思います。

というのは、寺山修司氏は競馬好きでも有名でした。私も当時から競馬ファンでしたので、競馬番組に出演する寺山氏の話しを真剣に聞こうとしました。しかし、期待に反してあまり面白くないのです。文章ならあとで練ることもできますが、その場の話しは、その人の中身がどうしても出てきてしまいます。

氏の話しには東北特有の独特のイントネーションがあって、それが個性としてむしろ輝くため、多くの人は気づかないと思いますが、真剣な競馬ファンである私の耳には、もう少し話しに輝きが欲しいとの思いがありました。

ミオソチスという馬が昔いて、寺山氏はミオソチスの大ファンだったのです。その娘だか、孫にあたる、アローエクスプレスという馬がさつき賞に出走したときだったと思います。寺山氏はしきりにミオソチスについて、そしてアローエクスプレスについて思い出深く語るのですが、私としては何かピンときません。

まず、ミオソチスは繊細な馬のイメージでしたが、アローエクスプレスはどちらかというと巨漢馬で、繊細なタイプではありませんでした。力でグイグイ押し切るタイプの名馬であり、ミオソチスの感傷とアローエクスプレスとは合っていないのです。因縁でしょうか。大橋巨泉氏も競馬好きで、やはりアローエクスプレスが勝ったレースについて語ったことがあります。

あるレースでアローエクスプレスともう一頭の馬が抜け出して、アローエクスプレスが鼻差という微差で勝ったレースの解説時でした。大橋巨泉氏は、凄い馬だな、、、わずか鼻差で勝ったと思われるかもしれませんが、あのまま大阪まで走って行ってもやはり鼻差で勝つんだよ、そういう馬だよね。

私は大橋巨泉氏のその解説を聞いて、寺山氏の解説よりもずっと面白く、文学的でさえあると思ったものでした。月のふたご座は、寺山氏から当意即妙な話しの楽しさは奪っていたように思えます。

しかし、そうした自身の足りなさをよく理解していた寺山氏だったからこそ、その後多方面での活躍をすることになっていったのだと思います。

月ふたご座の考えられない、、、本物の文章は書けない、、、真似事の文章しか書けない、、、、という運命に対して、寺山氏は脱文章化の方向に進みます。もちろん寺山氏が月ふたご座について知っていたわけはありませんが、彼が目指した方向はそれが良かったのです。脱文章、、、脱シナリオ、、、脱ストーリー、最初からアイシンクの無いスタートである点、間違いなく寺山芸術の出発点だったと私は思います。

「書を捨てよ 町へ出よう」は、まさに月ふたご座との決別であり、彼の芸術家としての記念碑ともなりました。やがて市街劇「ノック」は、シナリオもストーリーもない町の実験劇であり、月ふたご座のストレスなしの構造へと向かい出します。

しかし、月ふたご座の理解などない寺山氏は、自身の中にある、考えができない、、本当は文章が書けない、、、という自分への負い目やこだわりには大きいものがきっとあったと思われます。彼の活動が月ふたご座の欠けた自身への弁解となっていた部分は少なからずあったことでしょう。

1980年、宇田川町のアパートに侵入しているところを家人が不振に思い、警察に逮捕されます。のぞきだったと当時言われましたが、実際には市街劇ノックの下見であったというのが真相のようですが、妙と言えば妙な話しでした。

アパートの家人に言わせると、5年前にもアパート周辺をウロウロしていて警察を呼んだということです。同時期には肝硬変で入院もしており、晩年の哀愁が漂い出していました。

なぜ、それほどまでに酒におぼれたのか、、、なぜ自身にも破壊的な生き方しかできないのか、、、、それらはすべて月がきっかけになりますので、寺山氏自身の中で、月ふたご座の問題は未解決だったと思わざるを得ません。

彼の月ふたご座が本当の意味で評価されたことは、実はなかったのです。若いころに天才と言われた俳句や短歌の才能は、盗作事件によって傷つきます。しゃべることが下手で何を言っているのかわからない彼の態度は、仲間うちでは人間性として人気を博しますが、夫婦喧嘩ではそうもいきませんでした。

しきりに九条映子を言葉で説き伏せようとうする寺山に対して、九条映子の方が手を出すというパターンだったと言います。わかりにくい話し、意味のない話しに、妻の九条が我慢できずに手を出す、、、、ふたご座の月は、寺山氏の孤独と本当には自分には才能がないのかもしれない、、、との思いで自身を責め続けたものと思われます。

1983年、5月4日、寺山修司逝去。47歳の人生でした。

冥界から戻ったイザナギの尊は禊をしました。左の目を洗ったときにアマテラスオオミカミが、右の目を洗ったときにツクヨミノミコトがお生まれになったと古事記に記されています。

アマテラスは太陽。月読の尊は、ツクヨミで、黄泉を、それぞれ受け持っているのでしょうか。

左がアマテラス、、、右が黄泉、、、左は陽足りであり、右は身切り。
太陽が命を与え、月が命を奪う、、、、この構図を理解する必要があるのです。

月にとらわれれば、命は短くなりもするし、狂気に陥りもします。寺山氏の短い生涯の裏に、月のふたご座の影響を私は感じずにはいられないのです。

お知らせ
1月30日 ZOOM「月の座談会」 19時半から21時半まで
参加人数 10名
参加費用 7000円
形式 参加型ズームセミナーとなりますので、自由な話し合いが可能です。全国どちらからでもご参加いただけます。

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二人の文学者に見る月との葛藤 ① 三島由紀夫氏 2019年01月14日(月)

ここに二人の文学者の、出生時の月と人生の関係を見てみたいと思います。
まず最初に上げるのは、日本を代表する文豪「三島由紀夫氏」(1925年1月14日生れ 月おとめ座)

ご存知のように市ヶ谷の陸上自衛隊において、割腹自殺を遂げて若い命を落としています。彼の月はおとめ座にありました。私の月理論によれば、月おとめ座生まれは、おとめ座の素養、素質、才能を持ち合わせてない、、となります。

基本的にまったく持ち合わせていないのです。しかし、月は幻影を与える星なので、持っていないものにその人を縛り付けます。人は自分の月が示す才能、素質がないにも関わらず、そのことに、常にこだわり続けるのです。

月の星座が一見、その人の素質や性格を言い当てているように思えるのは、常にその人が、無いものにこだわりつづけ、そのことばかり考えたり、反応してしまうことで、あたかも自分に月の性格があるように思えてしまうからです。

そして悪いことに、月が示す7歳までに覚えた月の幻影は生涯続くため、7歳までの月が示す才能というか、7歳までに覚えた真似事なら上手にできなくもないのです。7歳と言えば、子供によって、その出来ることの幅が違ってきますので、真似事のうまい下手も出てきます。中には大人よりも上手にできる子供だっている場合もあります。

三島由紀夫氏の家には、ゴミ一つ落ちておらず、家具はあるべきところに数センチも狂わずに常に置かれていた、、、といいます。通常、月がおとめ座にあれば、家の中は汚れ放題、荒れ放題、それでいて、常に掃除をしなくては、、、のプレッシャーに悩まされます。

しかし、7歳までにおとめ座の幻影を学んだ氏は、掃除もそれなりにできたのでしょう。どんなに苦しくても、家の中を常に綺麗にしておく程度はできるのです。しかし、その場合でも、そのことで疲れ、エネルギーを消耗してしまう点はおとめ座の月に共通しています。

三島氏の家はチリひとつないきれいな家であったという点、彼が異常にそのことに神経を使っていたことが伺えます。三島氏は月との戦いを常に続けていた人だった気がします。月の影響には例外はほとんどありません。その後の彼の活動は、月おとめ座にまさに沿ったものに思われます。

彼のおとめ座の月が次に向った地点は、自身の肉体改造でした。キャシャな体つきの弱弱しそうで貧弱な自身の体に我慢ができなかった三島氏。おとめ座は器を暗示し、自身の体の器の貧弱さには耐えられないものがきっとあったのだと思います。ボディビル、ボクシング、その他、激しい運動を通して、彼は自分の体を鍛えていき、見違えるような体付きとなります。

ここにも、本当はかなりの苦しさがあったと思います。おとめ座は他の領域との結界を意味し、細胞など、他の影響の侵入を許さない構造を求めます。壊されない環境、壊されない器。自身の肉体改造には、他の力によって犯されることのない肉体を求める思いがあったのでしょう。しかし、おとめ座の月は、それができないのですから、いくら一時的に成功しても、その維持は大変だったでしょうし、その後の肉体の衰え、ないし、老化などに気を遣う人生だったと思われます。

あの時は鍛えたよな、、、、というような考えは月おとめ座にはなく、肉体改造が成功したなら、それを維持するために、四六時中気を使い続けたはずです。

月の試みは一時的に成功しても必ず失敗に終わりますので、彼の肉体改造の結末は、切腹に表れています。切腹、すなわち腹という結界の崩壊。おとめ座は細胞など、結界を意味しますので、月がおとめ座にあると、結界が持てない、、、ということになります。月のおとめ座の人が突然太り出す、、、という現象がありますが、それは、細胞の結界と関係します。月おとめ座は結界を持てない、、、なので、結界の崩壊は結界の消失となり、突然太るなどの症状を生じてしまいます。月は整理機能に影響を与えるためです。

月がおとめ座にある人は、結界を自身の肉体に求め、拒食症に陥ったり、食事制限を常に考えたりして苦しむことがあります。管理できないのに管理しようとするのです。しかし、どんなに心配して苦労しても、そうした試みはすべて敗北しますので、いつか、細胞の結界が壊れ、拒食症になったり逆に太り出すなど、、、そうした運命が多く見られます。月がおとめ座にある人は、肉体管理しようと思わない方がいいのです。思えば、必ず失敗に終えるからです。月は物事のすべてを失敗に追い込む力とです。

三島氏の場合は、肉体改造に必死の思いで成功し、その維持にも死にもの狂いだったと思われますが、最終的には、自身で腹を割き、腹という結界の崩壊による死を招いたことになります。

月の幻影に突き動かされて達成したことが、のちに良い影響をもたらすことはひとつもありません。彼は肉体改造した強靭な体で自信を得るよりも、さらに幻影を深める行動に出て行きます。幻影は達成されても実感がないので、さらなる幻影への行動に駆り立てて行きます。

彼は日本の行く末を嘆き思い、日本の現状に心を痛めた氏は、自身の肉体改造を果たした後、盾の会という自費の軍隊組織を作ります。この軍隊組織は最初、財界にお金を出してもらって設立したかったのですが、財界は首を縦に振らず、仕方なく彼は自費で盾の会を作ります。肉体改造のあと、秩序を失っていく日本という器を作り直すことに彼の主眼が置かれていくのです。

ところで、なぜ財界は世界の文豪の申し出を断ったのでしょうか。三島氏は日本の秩序が壊されていくことが我慢できずにおりました。学生に犯されていく日本や文化、、、、。折しも、学園闘争はピークに達し、新宿では騒乱罪が適応されるなど、首都の混乱は増していました。

東京混乱を正し、秩序だてるために、三島氏は自衛隊の出動を願ったといいます。
その際、自分らが先陣を切って暴徒である学生たちを襲い、武力によって鎮圧する、、、との思いが募ったのです。まさに月おとめ座の秩序への願いです。

しかし自衛隊がいくら暴徒と化した学生だからと言って、武力による鎮圧はできないでしょうから、私設の軍隊が先陣を切っていけば、秩序が回復するとの考えが三島氏にあったようです。そのインパクトによって国民も日本のあるべき姿を思い、いたずらに西洋化せずに自身を律することになるとの思いです。

西洋化によって日本古来の良さが失われることは確かに問題ですが、日本が西洋に侵入される、、、日本という器が壊される、、、という危機意識はおとめ座ならではのものがあったに違いありません。しかし彼の場合は月おとめ座の感性によってのものですので、本物ではないのです。本物ではないゆえ、悲劇へと繫がっていきます。

通常の感覚で言うなら、いくら日本的なものを大事にする、、、日本の秩序が破壊されるのを阻止する、、、と言っても、だから先陣切って学生に切りつける、、、というのは、どこかおかしい、、、と誰でも感じます。三島氏の考えと一般国民との考えの乖離がそうしたところにあった気がします。月おとめ座が何かを守ろうとすると、実は守れないのは、こうした現実との乖離が生じるためです。

秩序回復のために学生を襲うことも辞さないという三島の姿勢に、財界はビビりました。当然のことだと思います。

実は軍隊組織はおとめ座が表すもので、三島氏が軍事組織にこだわるのもうなづけます。しかし、実際の軍事との間には、乖離があったため、彼の主張は防衛相での悲劇を生むことになっていきます。

日本の本来の姿を求め、それを秩序だって形にしたいと願う三島氏の思いは、おとめ座本来の世界です。

しかし三島氏の場合は、おとめ座は月であり、月は常に幻影です。幻影で動いても、現実はなびきません。彼の最後の演説が私にはどこか悲し気に見えるは、そのせいではないかと思います。

1970年11月25日、三島由紀夫氏は市ヶ谷基地にて自害。人生五十年の生涯を閉じていきます。

今回は三島氏の人生を振り返る内容とは違い、あくまで占星術的な意味、ことに月おとめ座の観点から語らせていただいたものです。そのため、一方的な解釈となっている部分も当然ありますし、三島氏の生涯をさげすむような意味で語っているのではありません。あくまで占星術の月の観点であることをご理解ください。

私個人的には、三島氏の死は、人間業を越えた範疇のものですので、良いとか悪いとかではなく、本来は神社に祭られるべき類のものであると思っております。

ただ月という観点を通せば、これまで語られてこなかった彼の苦悩や限界、行動の意味も新たな視点から見えてきます。

月は幻影であるゆえに、それは不足した部分であり、不足しているものに優秀な人ほどこだわっていきます。自身の完璧化、完全化という幻想と月は切っても切れない関係にあるのです。
三島氏は世界的な文豪でしたが、その名声だけでは飽き足らない、さらに自身の不完全感を脱皮し、本物として完成させたいという思いが、彼の月を通せば見えてきます。

彼の生涯の目標は、月に支配されていたことが、私の目には見えるのです。
なぜ、そこにいたら落ち着かないほどきれいな家だったのか、、、なぜ、彼は肉体改造に夢中になり、それを成し遂げたのか、、、 なぜ、防衛に関心を寄せ、私設の軍隊まで作ったのか、、、なぜ、彼は自害したのか、、、

正当な伝記などではありませんが、占星術の月の観点から、ご紹介させていただいた次第です。

月とは何か、、、、私たちがこの世に生まれ、そして死んで行くとは、力学的に考えれば、割と簡単です。

生かす力が私たちを生かし、私たちを消し去ろうとする力が、私たちを消し去る、、、ただそれだけのことです。

生かす力が強いうちは、私たちは健康で元気でいられますが、消し去ろうとうする力が強くなれば、私たちは段々と弱り、やがて死んでいきます。

太陽こそが生かす力であり、月こそが、私たちを消し去ろうとする力であるとの私の見方は、根源的で正当だと私は勝手に思っています。

誰でも幼子のようでなければ、天国に入ることはできない、、、、イエスの言葉です。

月に囚われる前の幼子こそが、永遠の命に入る条件であることをイエスは伝えます。では、幼子で無くすように働く力とは何でしょうか。月に囚われたら死、月に囚われぬ幼子のようなら、永遠の生、、、

生死の法則がこの世にはあるはずです。占星術には、それが本当に正確に隠されており、太陽と月の理解こそが、極めて重要なのです。

次回は「二人の文学者に見る月との葛藤」② 寺山修司氏
ぜひ楽しみにお待ちください。

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新年早々、円高カウンターパンチ 2019年01月03日(木)

 あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて、今年の活動は6日の昼に、日本と世界について占うズーム企画からのスタートとなりますが、それを待つまでもなく世界は激動の流れにあります。日本のマスコミが詳しい解説を行わないため、大きな変化として感じられなくなっていますが、年明けと共に突然の円高。シリアから米軍の退却、それに音を上げるフランス、イタリアの銀行危機の予感、さらに隠れた金融不安の足音、イスラエルのガザ地区におけるパレスチナ国家設立の青写真があったこと、、など、これでもか、、、とばかりの大変化が出てきています。台湾でも一つの中国などない、と明言する流れで、中国もかなり追い込まれています。

円高は困るとか多少ならいいとか、人はしたり顔でいいますが、なぜ、円高になっているのか、、、の根本には思いが廻らない感じです。嘘ばかり言っているので、分析力も創造力もなくなりつつある日本のマスコミ。まともに聞いていたら大変なことになるでしょう。

大変とは、イザという際に何ひとつ守れなくなるということです。大本営発表から今年は個々の想像力が重要になってきます。

まず、円高についてですが、これは続くはずです。揺れ戻しがあるとかないとかはありますが、基調は割と極端な円高になると思います。原因はトランプ大統領の政策です。

日本はこのままでいくと、為替操作国の烙印を押されることになるでしょう。トランプ氏は日米貿易の赤字解消を決意しています。これまでの彼の発言をみれば確かです。トランプ氏の目は自国に向いていますので、自国にとって無駄になることは、今年、矢継ぎ早に改革されていくはずです。

米中貿易戦争の次なるターゲットは日本であることは確かです。その際、トランプ氏は貿易を中立、トントンにすると前から言っています。赤字をすべて解消する貿易体制にする、、、ということです。はじめは車の輸入規制や農産物の関税などがメインとなるでしょうが、それらは、結局は目くらましにすぎません。

どんなに安くなっても、日本でアメリカ車が大量に走る絵など想像できませんし、アメリカはそれは無理だろう、、、ぐらいはよく理解しているはずです。

農作物に関しても同様でしょう。貿易は世界的に縮小していく方向が目えてきます。この一時とっても、これまでのグローバリズムとまったく異なる世界の様相が見えてくるのですが、日本のマスコミは何バカなことばかり言っているのか、本当に理解していません。すべて後追い、、、しかもその弁解。政権と非常に似ているというか、一体であることが伺えます。みんなで見えていないのです。そういう人たちが今の日本の上におり、そうした人たちの実力不足によって、今年は色々な問題を生じるでしょう。

それでも多少はうまくいけばいいのですが、この世界の変化を前にすると、危ないものがあります。これから何が起こるか、、、為替で言えば円高はわかったとして、そのレベルです。

トランプはヒフティヒフティにする、、、と言っているのです。アメ車の大量輸入、農産物の大量輸入には限界があります。あとは、為替調整以外になく、正月と共に、それが始まったのです。始まったというよりも、彼らは、アドバルーンを上げたのです。今年は円高に修正するよ、との。

それも、貿易収支がトントンとなる円高、、、とは、いったいいくらのことでしょうか。日米貿易収支の比率を見ればわかるはずです。収支がトントンとなるまでの円高とは、いくらか、、、頭の良い人ならすぐに計算できると思います。

私は計算が苦手なのでよくわかりませんが、100円切りは当然で、おそらく前回の円高を超えていくことでしょう。目指すところは70円を割り込む水準でしょう。それでは済まない円高の可能性もあります。

こうなると、日本の株式はどうなるでしょう。昨年の12月は記録的な暴落となり、最後には何とか上昇させて終えました。中央銀行がリートや株を買うわけで、日本ではこれが最後の買い手です。暮れに1000円以上アップした日があり、暴落を何とか食い止めましたが、そのために購入した資金が一日だけで700億円を超えていたという話しです。

こうしたやり方で日本の株式は買い支えられ、上昇してきましたが、その結果、買い取って株式他で日本銀行の資産が膨大化しています。もしかしたら、その資産はほとんどが日銀が買い支えたものです。(債権もあります)買えば上がるのは当然なのですが、逆回転が始まった際に、日銀は買い支えを続けられるのでしょうか。

程度問題があり、これ以上、日銀資産が増大する方向には、多方面から問題を指摘する流れが出てきます。というのは、膨大な資産となった日銀。その中身が、もしも下落し出したとしたら、不良債権化することとなり、その恐怖に耐えきれなくなった日銀は、自身を守るために、資産売却に動くことは見えています。

これ以上資産を増やせない、、、、かといって、購入価格を下回るようになったら不良債権化が巨大化する前に売りに出す以外に方法がない、、、、株価上昇の買い手だった日銀が、暴落時に最大の売り手に変身するわけです。

今、日銀の取り得る方法は極端に限られてしまっています。日銀に限らず、FRBも同じです。世界の中央銀行がすべてと言っていいくらい、同じ構造をしています。

危機は同じですが、日本とスイスだけはかろうじて債権国です。他の国はほとんどが借金国ですので、世界金融が危機を感じると、決まって円やスイスフランが買われ、高くなるのです。

正月早々、こうした流れが出てきました。日本にとっては円高は株安と=です。日本は産業構造を変えざるを得ないところに来た、、、ということです。その際に、現政権の方向性や能力や行動はおかしなことになりつつあります。

国富があっという間に危機に瀕する流れになるのでしょうか。

日本の優良企業の筆頭株主に恥ずかしいことに日銀の名前がそこら中に見えています。誰も買わない株を日銀が買って、筆頭株主になっているわけです。もう終わりは見えているのです。

日銀が最後まで売らずにいれば、中央銀行と政府の破産でジエンドとなります。それを許すわけはありませんので、日銀我先の逃げが始まると思います。ラストの買い手とは余裕のある時の話しであって、日銀資産赤字化の危機にあっては、日銀も我先の逃げになるはず。それがいつ始まるかです。

安倍政権の始まりの際は、日経平均が1万円を割り込んでいましたので、そこらまでに全資産を売却できれば、とりあえず、日銀は存続できます。おそらく15000円あたりになると、あらゆる市場介入は物理的にできなくなるでしょう。さらに、トランプ氏から為替操作国の烙印を押されることによって、日銀の我先の売り逃げは、17000円から15000円の間に始まるとにらんでいます。もしかしたらもっと早いかもしれません。そうなるとガラ状況が訪れ、あっという間に日経平均は1万円を割り込んでいく、その可能性がある年でしょう。

株式だけが変化するのではなく、土地や不動産も同様です。日銀買い付けで上がった市場天国でしたが、日銀の逃げで終わる宿命が見えて来る年となるかもしれません。

その合図は海外の金融危機で、それが表に出てくる出てこないにかかわらず、結果は円高で出てきますので、そうなると、多方面で私たちは注意が必要になります。

しかし、不思議なもので、とくに投機もしてない、、、借金もない、、、多少日本円を稼げるか、日本円を持っている、、、、というところは、実は体質がどんどん強化されるのです。

次の次の日本の時代の礎が、今年徐々に築かれて行くことでしょう。大変なようでいて、とくに大変でないという人は、まともな生き方をしてきた人ということもできます。時代が人を選別し始めています。


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年末年始のご挨拶 2018年12月31日(月)

2018年は春分図からも激動の年が予測されました。とくに自然災害が心配でしたが、残念なことに多くの自然災害によって大勢の方が亡くなり、多くの方が被災されました。こうした傾向はまだ続く不安があります。

 私にとっての2018年はけっこう刺激的でした。フリーエネルギー論に沿った形で様々な発明品にトライした年でした。

 新しいMIチューナーとして、432Hzゴールドチューナー 444Hzチューナー「ザ・ヘルス」 444Hzゴールドチューナーを世に出しました。432Hzはシュタイナーが強く押した周波数であり、この音を基音にした音楽は人の心の深いところに入ります。トラウマを癒す周波数でもあり、これを世に出すことができ、とても嬉しかったです。長年の夢でしたので。

 444Hzは人間のボディと共振を起こしやすい周波数です。共振現象が起きれば、それを止めようとする反作用としてエネルギーが訪れます。444Hzに出会うと、人は元気になるので、ご利用なさった多くの方々からご感想をいただきました。

 432Hz、444Hz、それぞれを基音にしたオルガニートも世界で初めて世に出ました。ただ聞いているだけで、理由もわからないが涙が出てくる、、、涙の後にはすべてが軽くなったと、432Hzオルガニートで喜ばれる方が続出しました。
444Hzのオルガニートでは心が明るくなり、重たかった身体が軽く楽になった、、、とのご感想をいただきました。

周波数の秘密が自分なりに理解できるようになるにつれ、18の特別な周波数を発見したのも2018年でした。発見と言っても私の独自な発想によるもので、何ら認められたものではありません。というか、だれも18の周波数のことなど知りませんし、おそらく関心もないでしょう。

しかし、私はこれが重要な周波数だと思いました。その中でももっとも最重要と確信していた周波数が153ですが、ヨハネによる福音書の最終章にそれが出てきたのには驚きました。153は、3で割り切れる数が最終的に還元する大元の数なのです。イエスは救いの約束としてこの数を用いたのです。

小難しい説明などしなくても、その音を聞いて、振動を感じて、すぐにご購入される人が多いことにも驚きました。153Hzには水を変える力があります。水道水が甘い水に変わってしまうのです。人間の体もほとんどが水なので、敏感な人は何かを感じられるのでしょう。

以上の新しい周波数がチューナーとして世に出た一年でした。MIチューナーは128Hzを除いて、すべて3で割り切れる数をしています。周波数と3の関係についてはテスラがその秘密について語っており、彼は電車の号数やホテルのルームナンバーにも、必ず3や3で割り切れる数を選んだと言います。

テスラがいたなら153について、ぜひとも聞きたかったものです。

2018年は夏至、秋分、冬至と三回にわたって妖精茶会を開催できました。20年以上も前から続けている独自の茶会ですが、不思議なことが沢山起こります。参加された方のその後の変化が楽しみです。

フリーエネルギー理論に沿った商品開発も継続しました。とくに金銀ハマグリンは大変なヒットとなりました。ただ、完全手作り品のため、現在は制作が間に合わず、ご迷惑をおかけしています。

ハマグリンはフリーエネルギーを理想的に体現したものでした。持っているだけでエネルギーを集めます。科学的な話しではありませんが、傑作だと自負しています。

閉じているはまぐりは、周辺よりも圧が高くなります。圧が高い方にエネルギーは集まりますので、閉じたはまぐり自体にすでにエネルギー集積効果があるのです。さらにその中に工夫された状態で鈴が入り、鳴ります。単純ではあるものの、微細な圧のかかる最高のエネルギー集積状態となっているのです。ハマグリンからは人間の耳には聞こえない2万Hz以上の音が発生します。

人の細胞も同様であり、私たちは本当はフリーエネルギーの集積によって生かされているわけです。その構造はハマグリンと共通しています。

マグネシウムが人の健康にとって圧倒的に重要であるとの視点を得たのも2018年でした。活性化したマグネシウムをどのようにして得るか、、、そこで発明した「頑張れ水素ちゃんセット」ですが、これは大勢の方に喜ばれました。奇跡的なことが頻繁に起こりましたが詳細は書ききれません。

科学的な話しではありませんが、私のやり方でやれば、自由電子が豊富に飛び出し、発生直後の新鮮な水素とイオン化したマグネシウムが得られると思っており、その結果が多くの奇跡的な事象を生じたと、私なりに考えているわけです。

153Hzで体内の水が変化したためでしょうか。色々なことが自分なりにですがわかってきて、直観が研ぎ澄まされた一年でした。その代表が月に関したことです。

占星術の月の解釈ですが、従来のものとまったく異なる視点で展開しました。フリーエネルギーについての理解があることが、従来の月解釈を変えた原因でした。月はやはり日常の無意識的な態度や感情と関係する星です。無意識であるということは、エネルギーを奪われることを意味します。

質量ゼロ、微細な圧である意識からしかエネルギーは訪れません。意識的な行為は一見疲れるように見えて、本当は逆です。こたつの中でグズグズしている方が楽だと私たちは考えてしまいますが、むしろ外に出て、やるべきことをやった方が元気になります。

意識的な態度や行動から、私たちはエネルギーを得、そして無意識的な態度や行動によってエネルギーを奪われていくのです。この原理が今の科学ではわからないので、間違いを生んでいます。

月の解釈もフリーエネルギーによれば明白で、幻影や幻想、囚われる日常の思い、そして過去に属するロマンから、エネルギーが訪れることはなく、逆に奪われていきます。懐かしさは美であることはありますが、それに沈殿したら、エネルギーは無くなっていきます。

月が良いとか悪いとかになると、必ず反発も出ますので、来年はエネルギーから見た月について語ろうと思います。月が私たちにエネルギーをもたらすことはありません。月はエネルギーを奪う星です。意識からしかエネルギーは来ませんので、どうにもならない私にとっては事実なのです。

エネルギーを奪うということは、私たちを死の世界に追いやる役目を負っているともいえる月。ロマンやほろ苦さ、、思い出、、ゆりかごのようなやさしさ、、、という印象や理解はありますが、エネルギーを奪う天体が怖い外見をしていたなら、成功できなかったことでしょう。

一番馴染み深いものが私たちのエネルギーを奪う、、、その構造に私は気づきましたが、押し付けることはいたしません。ただ、私の考えを批判する前に、どうかご自身の月サインをご覧いただき、その働き方を確認してほしいと願います。偏見なしに見つめていただけたなら、きっと覚醒的な発見があることでしょう。

さて、この月については私のライフワークの一部になると思います。多くの感情的反対に出会うでしょうが、仕方ありません。人類は無意識により騙されてきたのです。その果たす役割の大きさは月が一番だったことでしょう。占星術を知ることで、それが意識できるというのは、本当に有難いことです。

2019年には「月」についての本も一般図書として発売されます。おそらく5月ごろになると思います。月は意識と無意識の問題に最終的に行き着きますので、その点を重視したリアルセミナーも開催していきたいと思っています。

年の瀬になると特に感じるのは、一年の早い時期にもっと自然を味わっておけばよかった、、、との思いです。

そこで2019年は春から初夏のもっとも良い季節に色々な場所に出かけてみようと思います。2018年に始めたZOOMによるセミナーですが、2019年には様々な地方から、その地方の味わいと共に配信するような企画を考えています。
皆さんと一緒に旅をするような気持ちでセミナー参加していただくような感じでしょうか。

また、世界最高の超能力者と言われたブルガリアの故ベラコチョフスカさんが予言した私の別荘についてのものがあります。意識を変革させる装置としてその別荘が働くという予言。これに沿い、意識について考えるセミナーを開催したいと思います。

2019年は日本でも世界でも劇的な出来事がいくつか起こるはずですので、そうした出来事が起きた際に、すみやかにZOOMなどによって私の解釈となりますが、その説明と今後の発展や対処法について、即座にお送りする、、、そうした体制作りを進めようと思います。

月のこれまで語られて来なかった面を語ることは、同時に、安易で一般的な人気を失うことを示します。しかし、真実の重要性がみずがめ座としての私の命ですので、大衆人気の喪失を恐れず、正直に自身の思いを語って行こうと思います。

それは私自身が常々意識的に生きることの表明ともなります。無意識の安楽椅子が本当は死のゆりかごであることを知った以上、そうせざるを得ないわけです。これは私自身の事だけでなく、おそらく世界的にそうした流れが起きてくる予兆のようにも感じます。世界は変化していくと思います。

2019年、色々あると思いますが、以上の覚悟で活動していきますので、どうかマドモアゼル・愛をよろしくお願い申し上げます。

        2018年 大晦日   マドモアゼル・愛



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年末年始にどうぞマドモアゼル・愛動画集でお楽しみください。動画集がふたつに分かれていますが、チャンネル登録よろしくお願いします。

マドモアゼル・愛動画集1

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月のサインのまとめ(占星術を知らない方でもお読みいただけます) 2018年12月29日(土)

また占星術の月のお話しとなります。占星術をよく知らない方には抵抗があるかもしれませんが、占星術がわからなくても、月のように働く心理は誰にでも共通してありますので、月を意識しないでも心の働きとしてお読みいただくことができると思います。それによって、一人でも多くの方の心の闇と迷妄がストップし、自由な気持ちになることを願っています。

月サインの基本的定義
月のサイン、すなわち月があるところの星座は、その人にないもの、わからないもの、欠損しているものを示します。
 
しかし、月は7歳までに認識したものを反復的に表現することはできます。要するに、内容はわかってはいないものの、自身に欠落しているもののマネをすることはできます。マネをしてしまうことで、マネをしたものの本質に迫れなくなるため、月は永遠の欠損として働いてしまいます。

以上が、月のサインについてのまとめです。月のサイン、星座ですがそこに示された才能や素質や能力は、月の未熟性により発展することも深まることも、まして完成することも永遠にありません。

月サインによる日常の支配
月は永遠の不足感や不安感を私たちにかきたてます。そのため、月サインの事柄とそれに付帯するあらゆることに、私たちは注視し、常に気にし続けます。太陽などの意識が月サインへの介入を無にするまで、月は日常のすべての時にわたり、私たちを監視し続けます。意識の働きがない時には常に月が主役となりますので、無意識的に生きやすい子供時代、老年時代、そして失意や落胆時、自己嫌悪に陥っている際に、月は支配力をとくに強めるのです。

月の働きの成り立ち
なぜ月がこのように私たちの日常へ感覚的支配を行うようになったのかの理由は、月が観賞者を必要とすることで得た7歳までの記憶を元にしているためです。月の影響の成り立ちは、7歳までの私たちが母や周囲の人たちとの間に作られた、人気や評判と関係します。

何かを真似することで母や周囲に受けることを子供は体験しています。母や周囲がそれを見て喜びます。子供には物事の本質はまだわかりませんので、母や周囲に受ける表現はマネごとの演技となります。

母や周囲に受け入れられたという潜在的記憶、そしてマネを期待されているという思いが、月の影響の成立と深く関係します。何かを真似ると母や周囲は喜び、それを期待されていると子供は思うようになります。

スポーツ選手のマネはおひつじ座の月でしょうか。お料理のマネはおうし座の月だったでしょうか。スターのマネでうけたのはしし座の月でしょうか。お掃除を誉められたのはおとめ座の月だったでしょうか。等々。

こうして私たちは人生の早い時期に演技者としての人気を博す体験をしてしまうのです。それが自己認識のスタートとなっていくのです。母に喜んでもらえた演技、、、周囲に喜んでもらえた演技、、、、それらは十分な価値になり得ることでしょう。

しかしその演技は発展することはないのです。受けて人気を得ることが目的のため、発展し、本物になってしまうと受けなくなりますので、最初に受けたことは欠損したまま生涯にわたって欠損状態として続きます。

スポーツ選手のマネがうまかったおひつじ座の月は、本当のスポーツ選手にはなれません。料理がうまかったといわれたおうし座の月の味覚は、その時と同じまま成長していません。お掃除のマネで褒められたおとめ座の月は、掃除の真似事を続けるため部屋は汚れていきます。

フリをする人生とその生涯
どんなにマネごとが受けてもうまくても、それは本質に根差すものではなく、そこには発展はないのです。むしろマネという嘘から始まったそれらのことには発見という意識が介在できなくなるため、月で行ったことは固定的な事柄に留まります。月サインの表現は固定的となり、それを打ち壊して意識化していくことは、幼少の成功体験を自ら破壊しねくてはならないこととなり、容易にはできませんし、その必要を感じることもないでしょう。

そのため、幼少の成功体験は何事もなく受け入れられ、その後の人生も、フリをする人生、演技者としての人生の道に入りやすくなります。人は無いものにこだわり続けますので、無いにも関わらず受けたものを自ら捨てることはできないでしょう。

しかしフリをする人生、演技者としての人生からは深い喜びも本質的な事柄に近づくこともできなくなります。月に囚われることは、成長の拒否であり続けます。

演技者であるということは、常に観賞者を必要とします。月の人気は、鑑賞者あってのものだからです。それが月が関係するすべての人間関係の縮図となります。月の人間関係の基準は人気であり、人気があれば安堵し、人気がなければたちどころに人は不安となり自己嫌悪に陥るのです。

私たちが人間関係に悩み、神経症にまで至ることがあるのは、月に頼った人間関係の結果であり、単に、人気がないことで不安になったり悩んだりしていることとを意味します。なので神経症はその苦しみは別として、安易な悩みとも言えるのです。

人気を気にするというのは、実体のない偽りの演技であることから、どんなに成功し続けても喜びとはなりません。しかし、今の時代や社会は、政治を含むあらゆる商業活動、消費活動も、人気を中心に展開していく人気本位制のようなものです。月文明と言ってもいいでしょう。なので、どんなに盛大でもどんなに明るく見えても、そこから本当の喜びを得ることはできない構造をしています。

月の感情について
月は感情を表すと言われています。しかし、月の表す感情は自己憐憫であり、深い感情とは別のものです。月に深い感情はありません。月の感情は今、生きている人を過去に引き戻し、ロマンの名の元にエネルギーのない過去に引っ張り込む構造をしています。そのため、自己憐憫や過去の思いをロマンとして捉えることで、私たちをいつまでも過去に縛り、一見美しく見える幻想の世界に私たちを繋げ、それによってエネルギーを奪うのです。

三丁目の夕日という映画がありましたが、あれは私が生まれ育った三田をかなり正確に表現していて、非常になつかしさを覚えました。もし、三丁目の夕日を見たその時の私に、現在という手ごたえが薄かったとしたら、容易に過去の思いの中に私を沈殿させたことでしょう。意識の光が弱くなったとき、加齢その他で生命力が弱まった時、月は容易に私たちを捉え、残されているエネルギーをもさらに奪おうとするのです。

そこにはかくされた月の目的があります。月が死の星と言われるゆえんです。月からもっと人類が自由になれれば、人間の寿命は驚くほど伸びるはずです。

何度も言いますが、月には深い感情はありません。愛する人が亡くなり、失望と悲嘆にくれて苦しむとき、その時の感情は月などではありません。深い感情は冥王星の方がずっと上でしょう。深く悲嘆に暮れている人を見て、他人が「かわいそうに」という感情が月であって、月自体には深いものはないのです。

かわいそうに、、、というような鑑賞者としての立場からの感情が月であって、月自体に深い本物の感情はありません。

嘘で生きようとする人の太陽のようなものが月なのです。私たちを何度も輪廻に戻し、価値あるものを無価値にさせ、自然にあるエネルギーを消耗させ、何ひとつ本当のものを与えようとしない月。私たちは月を誤解していたのです。

月は悪いのか
ではどうすればいいのか、、、という質問をいただきます。どうすればいいか、、、という視点もよくわかりますが、大切なことは、どこに落とし穴があるかを知ることです。どこに落とし穴があるかを知っていれば、そこに落ちることはなくなります。落とし穴を埋めることはできませんが、落とし穴がある場所がわかれば、どこに行くにも色々な道を通っていくように、自然に落とし穴を避けて歩くことができるようになります。

また月が反射であるところから、私たちのすべての想念を反射しているため、今は悪い月になっている、、、との考えもおそらくあると思いますが、それは月に限ったことではなく、惑星すべてに言えることです。

月に捕まることで、私たちは輪廻に戻されると思うのです。月が徹底的に嘘であり、幻影であり、不誠実であり、見せかけであり、エネルギー泥棒であり続けることで、私たちはそのことにいずれ気づき、本当の自分の人生を生きることができるようになります。

 月のお働きは、私たちが輪廻を抜けたところの時点からしかわからないもので、その時、おそらく私たちは理解することとなるのでしょう。

今回は月サインについてまとめさせていただきました。機会を作りまして、次に月とハウス、♋のハウスカスプについても、近々に語らせて頂きたいと思っています。

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月について振り返る  2018 2018年12月27日(木)

昨晩、小数名で月の座談会を行いました。かなり盛り上がりました。良し悪しに付け、月には人気があることを感じました。今年は月について色々な考察をした年でした。そして月は重要なテーマであることを考えるたびに再認識することとなりました。

昨今は結構な月ブームですが、この数か月、私は現在の一般的な月解釈と異なる立場で語ってきました。それは確信であり、揺らぐことはないのですが、よく理解できない方も多いと思われ、私が捉える月についての要領を下記したいと思います。

占星術における月の影響は幼少時期の0歳から7歳までの間に培われたものです。まだ判断力のない時代に得た自分や母や家族に対する認識です。

正しい判断力のない時代のことですので、月の認識は間違っています。
しかし、月は最初にインプリントされていますので、私たちは死ぬまで月によってインプリントされた世界を眺め続けます。常日頃にわたってです。

月によってインプリントされた世界は間違っていますが、あたかもそれが本当であるかのように私たちは思い続けます。

間違って見ている世界とは、現実にないものを示しています。月が影であるとの視点がこれです。なので、月が示すものを、私たちは影として持つだけで、月が示す内容を本当は何一つ持っていないのです。ここが大切ですが、何ひとつなのです。まったく無いものを月は示しているのです。

一般的には、月がてんびん座だから、エレガントですよね、、、とか、美的才能抜群とか言われるわけですが、そうではなく、そうした才能や素質を何ひとつ持っていないことになるのです。影しか持っていませんので、影を見ることはできても、本当のエレガントはわからないのです。なのでエレガントにはこだわります。影しか見ていないので、逆にそれがどういうものか、常日頃こだわり続けるのです。

しかし、エレガントとは何かすら、月のてんびんにはわかりませんので、非常に苦しむわけです。それでいて、あなたはエレガントです、、、と言われれば、常日頃そのことで苦しんでいるため、そうであるかのように思いたくなってしまうだけです。

常日頃気にしているからその才能を持っているわけではありません。ちまたで言われているように、月を素質として捉え、それを伸ばすように安易に判断していますが、無いものをどう伸ばすのでしょう。それは物理的に無理なのです。
無いとは、残酷な言い方ですが、本当に無いわけで、無いものが何かすらわかっていないというほど、完璧に無いのです。

月がいて座にあれば、理解力が無い、、、となります。それは本当にそうなのです。理解力が無いとは、理解することに附帯するあらゆることが欠損している状態を表すのです。なので、月がいて座にあれば、理解力がないのは当然として、理解するとは何かすらもわからなくなっているのです。7歳の子供に理解しなさい、、、と言われた際の、子供の反応がいて座の月なのです。

しかし、それでは日常生活で普通に生きることはできないと思われます。そのため、人はポーズやその場しのぎの形で応対し、月の欠損を隠したり、ごまかしたりすることにエネルギーを注いでしまいます。そのため、月の防衛的態度を保持することで、生きるためのエネルギーのほとんどを使い切ってしまうのです。

ここに月の問題があるのです。月にエネルギーを奪われてしまい、私たちは自分の人生を生きられないようにプログラムされていることになります。

では、月が悪いのでしょうか。そうではありません。偽りから始まる認識だからこそ、覚醒の道が始まるのです。月の中にある程度の真実がもしあったなら、人間はその真実のかけらからでもエネルギーを得ることができるようになり、成長することがなくなります。動物と同じになります。

すべてが、まったくの間違いからスタートさせてくれる月のおかげで、私たちは初めて本当の自分を獲得する道に入ることが可能となるのです。すごいシステムだと思います。

なので、月が示すサインはもちろん、ハウス及び、かに座のハウスカスプのハウスが示す内容にも、すべてその才能と素質が無いと考えてかまいません。本当にそうだからです。

月を間違わないための認識として、もっともはっきりしているのは、月が示す才能や能力や素養、素質が全くない、、、という視点に立つことです。まったくないのです。まったくです。

理解力がまったくないと言われれば、面白くありませんし、それで人が生きていけることなどない、、、とつい私たちは考えます。
月がふたご座にあれば、思考する力がまったく無い、、、ということになるわけですが、通常、思考できない人間が存在できるとは思わないでしょう。

しかし、そうなのです。月がふたご座にあれば、思考できない人になるのです。なので、考えているふりや、考えている時に人が通常行う態度や、そうしたもので対応するわけです。7歳の子供が考えなさい、、、と言われた時の状態が月のふたご座なのです。それが一生続くのです。無いものなので、これは一生変わりません。ただし真似事での対応できます。最高で月並みまでは行けるのです。

月には実体がない分、マネは上手なのです。なので、どうにかつじつまがあっているように見られるだけなのです。

月が示すものは完全に持っていないのです。そうしたものが、誰にでも必ず一つあるのです。本人がそれを理解している場合もあれば、無意識に避けている場合もあります。しかし、よくよく考えることで、自分がいつも何を避けていたかがわかれば、月の働きがわかってきます。

通常、完全に欠損しているものに、私たちは無いゆえにこだわり続けます。なので、月の欠損状態についての防衛や取り繕いのために、常日頃、エネルギーを使い続けます。

それは心理的に非常に苦しい状態を生みます。その苦しい心理状態を停止させるものは、意識以外にありません、。意識化された行動や思いの中では、月は存在することができません。昼間の月は輝きません。それと同じで、意識の前では月は無力なのです。

しかし、反対に意識的な態度もない、意識的な行動もない、、、そうなれば私たちは常に働き続けるところの月につかまります。

そして、取り繕い、、、マネ、、、、あたかもそうであるように見せる、、、そのためだけにエネルギーを使い続けてしまうのです。

そうした状態が続き、いよいよエネルギーが枯渇した結果がルナティックであり、人が狂気に陥っていく構図となります。人を狂わせるのは、やはり月なのです。

簡単に月はあなたの女性らしさとか、才能であるかのような解釈に警鐘を鳴らしたくなるのは、こうした理由があってです。

月は欠損であり、完全に無いものを示すのです。ただし、マネはできます。7歳の子供ができる範囲での対応はむしろ得意です。なので、かろうじて私たちは月の欠損をその場しのぎで取り繕って生きているわけです。

しかし、そこには喜びも成長も発展もありません。なので、月で行ったことは、すべて失敗し、敗北する運命を持っています。私は例外ないとさえ思っています。

どうか皆様も自分の月について考え、何が自分を苦しめていたか、、、何が本当のエネルギー泥棒だったかに思いをはせていただき、意識以外からエネルギーは来ないことを改めて思っていただけたらと思います。

お知らせ
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宣伝になってしまうかもしれませんが、どうか占星術のプロやプロを目指す方には、手に取っていただけたらと思います。本当の月の意味を、多くの方々に広めていただけたらと念願します。
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