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道とエネルギー New! 2018年07月16日(月)

 人生や生き方にも出口があると思います。勝つとか負けるという出口。損得だけで終始人生を生きる人もいるでしょうし、享楽の追求で人生を生きる人もいます。その他、趣味の追求や信仰をよりどころに生きる人もいるでしょう。

人さまざまで、何が良いとか悪いとかは言えませんが、人の生き方をエネルギーから捉えたとき、古くから言われる「道」の存在が見えてきます。

エネルギーはすべてを生かす力であり、すべてを生み出す根源です。真実を追求する際、エネルギーを無視しては語れませんし、唯一の真実がエネルギーの法則です。それは物理的真実であると同時に心理的真実であり、意識であり霊界も幽界も現界も含むあらゆるものに共通します。

人間も霊人もお化けも神様も、すべてがエネルギーによって存在しています。

形や世界は異なるものの、共通の原理の前であらゆるものは存在しています。その存在のあり様には、主に二つの方向があります。ひとつは荒ぶる表現として存在するもの、、、もうひとつは発酵した無をよりどころにして存在するもの。

それは人間界であれ幽界であれ神霊界であれ、同じなのです。荒ぶる、むさぼるものは、どの世界の存在であれ、必ず消えていきます。荒ぶること自体に、むさぼること自体に力はなく、崩壊に進みます。

一方の発酵と無をよりどころにする存在は、反対物を受け入れることで無を作り、そこからエネルギーをもたらします。無からしかエネルギーは来ないためです。発酵をむねとする意識は相手が悪であろうがむさぼりであろうが、反対物や意識が存在するだけでうれしいのです。とくに著しい反対物がない場合は、無と直接かかわりあって自身の存在との一体化による発酵を目指します。これが「道」です。

無と関わり合うということは、発した声は消えていく、、、消していく無を意識しつつ声を出せば、それはエネルギーワークとなり、道となります。

柔道や剣道や合気道もおそらく相手の力と一体となって和すことで、次元を超えた境地に至ることを目的としているのだと思います。やはり道です。

道端のむくげは馬に喰われけり、、、という確か芭蕉の歌があります。道端の花を馬が食った、、、ただそれだけのことだと思っていましたが、無意識の中ではずっと気になっていました。

そしてある時、突然、馬に喰われたむくげの花が、そこに今はない道端の空間に見えた芭蕉。の思いが伝わってきました。ここにも道があると思います。

トンチのようになってしまいましたが、では道とは何かです。無の世界との連携プレイが道なのです。

出したものの、存在しているもの、発生したもの、あらゆるものすべては消えていきます。また、消えていく無の世界から訪れるエネルギーによる間は存在し続けていきます。

私たちの人生も無からエネルギーを受けている間は生きられます。無のエネルギーによって生かされている私たち。

あらゆる存在、存在足らしめている力、そのすべてがエネルギーです。私たちのあらゆる行為にも大元で関わるのは、このエネルギー以外にはありません。

有限に頼み、有限のみを見、有限のみしかないと思っている人は、道を作れません。道を歩むこともできません。

有限に作用する際に、常に無を意識することができれば、道としての人生がスタートできます。

昔の日本人は大変体が丈夫だったといいます。現代人の想像をはるかに超えるレベルでのそれは丈夫さだったようです。幕末に日本に来たドイツ人は、たった一人でほとんど休まずに箱根まで楽々と行ってしまう人力車の車夫の体力に驚いたといいます。

太平洋戦争で敗戦した日本でしたが、戦勝国のアメリカは今後日本が二度と欧米に立ち向かわないようにと、色々研究したといいます。その中でも、驚異に感じていたのが、日本人の体力と飛びぬけた丈夫さだったといいます。

今の私たちは残念ながら、世界の人の脅威になるほどの体力などありませんし、わずかに優れているのは、他の国の人達よりも多少長生きする程度のことぐらいです。と言っても、欧米に比べて寝た切り老人の数は比較にならないほど多い日本の現状。

それに比べて、幕末、明治、昭和の敗戦までの日本人の体力とその丈夫さは、異様なレベルにあったことは間違いなかったのです。欧米の食生活が日本人には無理があったと言われますが、原因はそれだけではありません。

道が無くなりつつあるためです。道は無と共に歩む姿勢ですので、エネルギーの宝庫となる生き方なのです。道を追求すればいやでも丈夫で長生きするケースが多くなるのが自然です。無からしかエネルギーは来ませんので、道の追求=健康で丈夫で長生きとなるわけです。

寿命は戦後の方が飛躍的に伸びているので何とも言えませんが、赤ちゃんの死亡率や衛生問題などを考えたら、戦前と戦後の日本人の寿命の変化も喜んでばかりもいられないと思います。まして健康で丈夫、、となれば、これはあきらかに戦前に軍配が上がります。

昔の日本にはかろうじて道が残されていました。日頃の立ち振る舞いにおいて、静けさ、こじんまりした境界感、四季を愛でる態度と習慣、不要に声を出さない、食べ方の繊細さ、けじめ、執着しない態度、、、、まだまだ色々あると思います。

日々の生活の仕方にうるさい、とも言えますが、無と一体となった姿勢を生活の態度の中に求めたことが、日本人の長い歴史の中にあります。無駄のない美しい立ち振る舞いで、日々を暮らすことができれば、そこには、無数のエネルギーワークが存在します。

お茶を入れる、出す、そのしぐさの一つ一つが無と一体となるセンスは、エネルギーワークなのです。何も茶道のことを言っているのではなく、日々の家庭でのお茶入れの際、思いを入れてお茶を入れる、、、心を込めてお茶を出す、静かに茶碗を置く、、、それだけで、お茶を受けた人もいれた人も満たされるのです。

無と一体となったもてなしだからであり、お茶を何グラム入れるとおいしいか、、、お湯の熱さは何度か、、、という現実的でケミカルな世界とは異なる幸福があるのです。

黒板に先生がチョークで昔は書きましたが、先生が一心に無心で黒板に書くチョークの音は、教室に響き、幸福感やエネルギーを子供たちに与えたのです。先生のご機嫌が悪く、無と一体となれない日の先生のチョークの音は、子供の心に痛い感じで突き刺さったはずです。私たちは、常に、本当はそうしたエネルギーによって生かされもし、元気を奪われもしていたのです。

日本人の脳の構造は左脳で母音を聞き取りますので、虫の音や風の音、自然界の音を声のメッセージとして聞くようになります。その結果、繊細で自然に沿ったきめ細かな文化が生まれたのですが、それは同時に無に通じる高度なエネルギーワークとしての道を生んだと言えるでしょう。

ならば私たちの生きる意味も、日々の立ち振る舞いや存在のありように、無と一体となったものがあるかどうか、、、「道」の存在は省いてはおけないものになると思います。

人にはそれぞれの道があると思うのです。エネルギーがすべてなら、エネルギーとの関わりを解く道の存在なくして、私たちの人生は考えることはできません。

あなたが出した声はそれを止めようとする無と一体化する道があります。
あなたが食べる食事には、その食べ方において無と一体化する道があります。

あなたがご主人に出すお茶のいっぱいには、ご主人を不快にも幸福にもさせる力があります。あなたが子どもに声をかけるその声は、自我なのか、無と一体となる響きなのか、、、それを子供のセンサーは見抜きます。

いま、日本人が成さねばならないものに、道の復活があるように思うのです。それは私たち日本人以外ではできにくいものであり、その責任が日本人にはあると思います。人種問題で捉えないでください。特殊性とその責任の観点から言っているのです。欧米は産業革命で世界の役にたってくれたので、これだけの科学的発展を世界は得ることができました。

それは本当に素晴らしいことです。そして、今はそれだけではもう世界は幸福になれないことがわかってきました。次は道を知る人の存在、その働きがやがて必要になってくることは確かだと思うのです。優劣の問題ではないのです。役割の問題として、欧米には欧米の、アジアにはアジアの、日本には日本の、役割があると思うのです。共通するものについては、すでにほぼ共通項は満たされていますので、あとはそれぞれの特殊性をもって、世界に貢献しなければならない地点に来ていると思います。

日本には、無のエネルギーである「道」の存在が昔からあり、フリーエネルギー時代が到来したなら、「道」が復活することは間違いありません。「道」こそがフリーエネルギーそのものだからです。
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エネルギーの法則 2018年07月10日(火)

すべてのものはエネルギーを得て存在し、存在の継続が許されています。
エネルギーが不足すれば崩壊過程に入り、やがては形を失い無に戻っていきます。

これが本当の原則ですが、今の科学は形あるものについてからしかアプローチしませんので、エネルギーと言ってもまやかしのように受け取られてしまいます。とくにこの世のシステムを信奉する度合いが強い人ほど、こうした話しには嫌悪感を抱かれるかもしれません。

無ということがわからないためです。将棋と同じで、どの視点から物を見ているかは人によって異なるのです。日頃お金のことばかり思っている人の目に映る世界は、それに関連したものばかりですので、やがてこの世はすべてお金であるとの確信に至ってしまいます。

赤い物にしか関心がなく、それしか見ない人にとっては、この世は赤ばかりに映ります。他にも色があるよ、、、と言っても無理なのです。赤しか見ない人にとってはこの世は赤しかなく、体験は信念を強化していきますので、時間が立てばたつほど、経験を積めば積むほど、この世には赤しかないとの確信を強めることになります。

こうして、人はまるでカルマに引き寄せられるかのように、自分の人生を歩んでいきます。小学生時代、子供時代は、まだカルマと感じられるようなことはないと思いますが、段々と自我が発達し、社会に出て、それぞれの道を歩み出すと同時に、人はそれぞれのカルマに引き寄せられるかのように人生を歩んでいく姿に見えてきます。

しかし、将棋の上手な人が下手な人の将棋を見たら、「ああ、あんな間違いしている」とすぐにわかり、下手な人が何を考え、何を選択しようとしているかが、まるで手をとるように理解できるはずです。

これが逆になると違います。下手な人が将棋のうまい人のやり方、駒の動かし方を見ても、なぜそうするのかはわかりません。わかっていたら自分もそうしていますので、自分よりも将棋のうまい人の考えや行動は理解できないことになります。

現在の多数決という政治の方式は、多数によってすべてを決めていきますので、実は誰もがわかることしか決めれれなくなります。最低レベルの意識に沿った運営しか多数決ではできないのです。人や民衆の最低レベルの意識に沿った国家運営ですから、本当は良くなるわけにはいきません。

しかし、そうなると自分だけが正しいと言い出す不埒な人も続出しますので、仕方なく多数決を採用しているのだと思います。

なので、真実によってしか動かないものがメインになっていく時代にならない限り、私たちの時代は進展しないことになります。

フリーエネルギーが嘘であると語り、そう信じる自由は確かにあると思います。考えは自由です。しかし、実際にフリーエネルギーによって家庭で発電できる、、、家庭で水がつくれる、、、エネルギーが作れる、ということになった場合、閣議決定のような形で、「これは嘘なので取り締まります」では、私たち人間の進歩はなくなります。

最近の閣議決定などもこうした傾向があり、閣議において本来閣議で決められないことが決められていくという不思議な様相を見せてくれます。まるで天動説を閣議決定するようなもので、ガリレオはそれでも地球は動く、、、といいましたが、あり得ない閣議決定が優先されるのです。

これからの時代は事実の前に物事が変化し動いていくことになると思います。家で水をつくっちゃいけない、、、といくら言われても、災害が来たとき、大変な時、水がどうしても必ような時、人は当然のように水が家でできれば作り出すはずです。作物を家で作っちゃいけない、と言われても、その方が自然な状況が訪れれば、人はダメと言われてもそうするはずです。

不自然なダメ出しする政府や権威や組織は力をもつことなく消えていくことになります。

いくらインチキだと言われても、まったくかまわない、、実際に水道から来る水よりもおいしくて安全な水が作れる真実が優先されるわけで、これからの時代はこうした真実に沿った動きが始まるでしょう。

その場合、世の中は赤しかないと、いくら閣議決定しても、事実でないものの影響力が日増しになくなる社会となるわけです。何を考えるのも自由で何を信じるのも自由なのですが、それが真実であるかどうかが、これからは重要になっていきます。

その分かれ目は、目に見えない世界の認知、死の認識の相違、無から来るエネルギー、ゼロポイントや、正しい生命原理などが、個々の魂レベルでの踏み絵となるでしょう。真実に沿って生きようとする人と、かたくなに物と有限にしがみつく人とに分かれる現象がこれから起きてきます。
ただ、そこに争いの必要はなく、選択があるのみです。水道が正しいと思う人は水道から水を得ればよく、電力会社が好きな人は電柱から電力を得れば良いだけの話しです。

そういうものにお金を出したくない人や、何となく電柱はいやだと思う人は、自分で水や電気を家で作ればいいだけの話しであり、どちらも介入しあう必要もないのです。もちろん争う必要もありません。

前置きが長くなりましたが、エネルギーの法則についてです。
エネルギーは無からしか来ません。無を作る、、、すなわちゼロポイントを物を使ってその条件作りをすれば良いのです。最大の無は死後の世界と魂の世界なので、本当のフリーエネルギ-を理解しようとしたら、人間は死んだらおしまいではないとの視点に立つ以外にないのです。ただ、それももちろん人の自由です。どう考えるのも自由なのです。

エネルギーが不足していけば、物は崩壊しますので、エネルギーを常に補充する必要があります。それがうまく行けば不老長寿も夢ではなくなります。それに意味があるかないかは別として。無の世界、死の世界の許容は、不老長寿の魅力を少なくしますので、あまり意味はないかもしれませんが、選択として、不老長寿とあの世行きが、同等の価値になるかもしれませんね。本当に面白い時代だと思います。

次にエネルギーの法則ですが、圧が高い方にエネルギーは集まります。どんな場合でもそこに圧の差があれば、それを元に戻す働きである反作用が始まりますので、それがエネルギーワークになります。反作用の起こるところにはエネルギーが集まるのです。

具体的には、人為的に色々なギャップをつくれば、ギャップは圧の差を生じますので、そこにはフリーエネルギーが訪れ、無尽蔵のエネルギーの宝庫に触れることができます。

ギャップの作り方は、無の作り方と同じです。私の場合は懐中電灯と懐中電灯の光をぶつけ合って光の干渉現象を利用してエネルギーを得たり、水と水をぶつけてもいいし、色々です。

音は発生と同時にそれを元に戻そうとする反作用が訪れて音は段々と小さくなっていきますが、反対にエネルギーは増大しているのです。声を出すだけでも人はエネルギーを得ることができます。まして他の声や音と和すことで豊富なエネルギーを得られます。ギャップが複雑になりますので。複雑とは小さな変化を受容できるセンスが生きてくる世界です。あの世とこの世が連携していることを感じられるセンスは繊細なのです。力量の時代にはフリーエネルギーは発展しません。

ただ、こうしたことも今の科学ではわからないこととされていますので、あえて私の考えと言っておきます。

二つの動画を収録しました。ひとつは432Hzのオルガニート演奏。もう一つは、153Hzの音についてです。周波数は数の秘密と一体です。テスラはこの世の仕組みを知りたければ周波数について学びなさい、、と言いました。学ぶよりも私は体験だと思います。





 

玉手箱の中と外 2018年07月09日(月)

 箱の中に入れてある物と外に出したままの物では、その劣化の度合がかなり違います。箱の中にしまっておいた物は、入れたころとほぼ同じ状態を長い間維持しますが、外に出しておいた物は、時の流れの中で、劣化していきます。

そのため、物を大事にとっておくには、箱の中に物をしまうことで、劣化を防ぐわけです。

ではなぜ、外に置いたものに比べ、箱の中の物は劣化しにくいのでしょう。おそらく温暖差や風化、湿気による劣化を防げるというのが、その理由になるでしょう。しかしそうではないのです。(と私は思っているという意味です)

物の劣化は物からエネルギーが出ていってしまい、物の崩壊化が進むからです。エネルギーが満ちていれば物は劣化しません。物に永久にエネルギーが注がれる状況をつくれれば、物はほぼ永遠に劣化しないはずです。

エネルギーには法則があります。圧が高い方にエネルギーは集まるのです。具体的な例を出しましょう。

海の水をバケツの中に入れて釣った魚をバケツで泳がせておきます。最初の数十分程度は比較的元気でいますが、数時間も立つと段々と元気を失い、翌日には大体の魚は死んでしまいます。

これは、魚が弱ったというより、バケツの海水のエネルギーが無くなったからです。海は大気よりも圧が高いので、基本的に大気のエネルギーは海にいきわたります。バケツで取った海水も最初は海の高い圧で稼いだエネルギー状態でいますが、バケツの体積程度の海水ではすぐに大気の圧に負けていきます。

エネルギーは圧の高い方に流れますので。バケツの海水はあっという間にそのエネルギーを大気に奪われ、海水はエネルギー不足に陥り、バケツの中の魚は苦しくなっていくわけです。

これは箱の中と外との間にも同様に起こる現象です。微細にですが、箱の中と外とでは、圧の高さが異なるのです。基本的に箱の中の圧の方が高くなります。圧の差は大小ではなく、圧の差があることが重要です。
圧の差があれば、そこには必ずエネルギー現象が起こります。差を埋めようとする、平にしようとする、元に戻そうとする、そうした反作用としてのエネルギーを呼び込みます。これが本当のエネルギーですので、圧の差がある場合、圧の高い方にエネルギーは訪れます。

箱の圧と外の圧の差がどんなに微細でも高い方にエネルギーが集まりますので、箱の中は外よりもエネルギーに満ちており、その中の物は劣化しにくくなるのです。

人が家に暮らすのも自然なことで、外で暮らすよりもやはり楽なはずです。それは家という箱が、外の圧よりも高くなるため、家にエネルギーが集まるから、家の中にいれば人はエネルギーを補充できるわけです。

体験上、また感覚上、そのことがわかっていますので、人は常に家を求め、家で暮らしてきたのでしょう。

この現象は普遍の現象ですので、バケツの海水で言えば、バケツにもし蓋があれば、それをきっちりとしめるだけでも、かなり海水のエネルギー劣化を防げます。

船なども囲いがあり、箱のようなものです。浮力の結果船は浮くとなっていますが、船がエネルギーを集めるため、海水圧に負けず、浮いていられるのかもしれません。

船の構造が箱に近づき、密閉度が高くなればその分沈みにくくなると思います。科学的には浮力で決まるのかもしれませんが、浮力現象をもたらす原因は圧の差にあるのです。ですので、浮力という考えから自由になり、圧差によりエネルギーを集める船をつくれば、燃料費も安くなります。

飯島先生がお作りになった模型飛行機は、機体にわざと色々なギャップをつくり、そこを通る音や空気が様々なギャップを生じて圧差を豊富に作る構造です。そうすれば、圧の差を埋めるために飛行機にエネギ―が集まり、プロペラ機なのにも関わらず、ほぼ垂直上昇や垂直下降ができるようになり、滑走路のいらない飛行機も作れるわけです。

圧の差は、音圧、温圧、風圧、水圧、色々な圧の差を利用することが可能です。そして圧差ができさえすれば、エネルギーは圧の高い方に自然に集まりますので、燃料を燃やしたり、電気を必要としたり、まして原子力を利用するまでもなく、圧差エネルギーを集めればよい、ということになります。

次の時代の科学では、これは当然のように主原理となるはずです。その中でもっとも簡単で原初的で普遍性があるものが、箱と外の概念でしょう。

すべての物は、この構造の元にエネルギーを集めて存在しています。果物も家です。中には、種があり、種も家になってエネルギーを集めています。

車の中にいると疲れるかもしれませんが、きっと屋根のないオープンカーで同距離を走った方がもっと疲れると思います。オープンカーの方が一見気持ちがよさそうですが、実際には箱型の通常の車の方が外界よりも圧が高い分、本当は疲れないと思います。

人間の体を見てみれば、すべてが家の構造と同じです。皮膚は外壁、各臓器はそれぞれの家であり、胃という家、腸という家、肝臓という家があり、体の中でもさらに圧を高めようとしています。心臓は常に動くことで、家の中で人が動いているのと同じです。空き家よりも人が住む家の方が家はもちます。心臓も中でどくどくと動くから長持ちなのでしょう。

さらに、小さいところに視線をやれば、すべての細胞は一つ一つが家になっていることに気が付きます。惑星も太陽も星も同じであり、銀河もひとつの大きな家です。こうして、世の中にあるすべての物は、家の構造をして圧を高め、エネルギーを集めていることがわかります。

山で遭難した際に、食べ物を集めようとするよりも、家を作った方が、安全な場合が多いと思います。家とは、雪洞でもよいし、洞穴でもよいし、地面を掘って上をふさいでもいいでしょう。

圧の高い場を作ることが、エネルギーを得るために重要なのです。

浦島太郎が竜宮城からもらった玉手箱は、圧が高く、エネルギーを集積する力がきっとあったのだと思います。しかし開けたとたんにエネルギーは逃げ出し、あっという間にお爺さんになってしまった浦島太郎。大変よくできたエネルギーのお話しでもあります。

落ち込んだ時、人はやたらにトイレに行きたくなる場合があります。トイレという狭い空間が家となりますから、エネルギー的にもオフィス内よりも圧が高い場所です。そこで体内から不要な物を輩出する際に臓器が動くという、エネルギー的に高い行動に出るわけです。トイレから出た時の方が、通常は人は元気になっているはずです。

箱や器、仕切られた空間、結界という概念もすべて、エネルギーから見ていくと理解が深くなります。

動物は自然にエネルギーワークを行っています。毛づくろい、舐める行為、ボディという箱に圧を掛けて、箱圧を高めているわけです。私たちの日常も、圧という考えを意識して生活すると、色々なことがわかってくると思います。

音の圧がもたらす力
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MIチューナー フェザータッチトーンご使用方法(室田式)と圧の原理 2018年07月06日(金)

チューナーの原理を簡単に言いますと、チューナーの出す音自体には力はありません。音を含む物には何の力もないのです。では意味がないのか、、、そうではなく、作用としての意味があります。

音を出すという作用は人間が起こすことですが、音がこの世に出現したら、宇宙(無)はそれを元に戻そうとし出します。これが反作用です。そして、この反作用の力が本当のエネルギーなのです。

音には力はなくても、音を戻そう、、消そうとする反作用が本当の力なのです。これがエネルギーです。反作用によらなければ、私たちはエネルギーを一切得ることはできません。

しかし今の時代は、物に、作用に力があると思っていますので、本当の発見や発明に至ることができず、ある物をただ奪い合うあさましい姿に陥りやすくなるのは、歴史が示す通りです。

今の科学は反作用が本当の力であるとの地点に立っていませんので、この考えは非科学的なものとされてしまうのですが、間違っているのは、今の科学の方です。有限しか認めないことで、地球を悲しみの星にしておくことができるわけで、支配しやすいからでしょう。

無にしか力の根源がないとわかれば、奪い合う必要もありませんし、エネルギーも無尽蔵となり、人々は勝手に、ひとりづつ独立して生きていける道が始まってしまいます。そうなると、人間の無念から来るマイナスのエネルギーを奪うことができなくなるためです。

私たちの今の時代は、悲しいことですが、人を苦しめ、悲しませ、つらくさせることで成り立っています。口先では美辞麗句をどの支配者も言いますが、本当は幸福になっては困るのです。病気の不安、お金の不安、将来の不安、そうした不安を起こすことで、今の経済も世の仕組みも成り立っています。

しかし、それは間違っていますので、大本の考え、大本の価値の逆転がどうしても必要になります。有には力などなく、本当は無にしか力がなかった、、、人間は死んで終わるのではなく、無限の世界からどちらかと言えば死の世界に生まれてくるということ、、、死は終わりではなく、本当の世界に戻るということ、、、すなわち、すべてが逆の構造だったとしたら、私たちの世界の間違いも、やり方の間違いも、考え方も価値観の間違いも逆転することになります。
こう言うと、物理的な世界とは別のあくまで形而上の話しと思われるでしょうが、物理も科学も哲学も心理学もなく、一切に通じる原理があるということなのです。それは物理的真実でもあり、意識的な世界の真実とも一致します。

便宜によって心理が変わることがないルールがあるということです。

反作用が本当の力であることがわかれば、生き方もやり方も当然違ってきます。マッサージ一つにしても、強いマッサージより、微弱なゼロに近い圧の方が大きな反作用がもたらされます。

作用反作用の原理で言うと、100gの圧がかかれば、反作用も100gです。その意味では新たな力は生じません。しかしそこが物理の限界なのです。

実際には100gの圧による反作用より、1グラムの圧による反作用の方が大きな現象を産みます。その方がマッサージ効果は断然大きくなります。1グラムの圧には、物理的な作用としては1グラムの反作用ですが、1グラムの作用を認知する体には、意識圧が伴うのです。

意識をそこに向ける際は、物理圧は少ない方が有利なのです。そして意識の圧にかなう圧はありませんので、数億トンの反作用は物理的には数億トンとおおきなように見えて、実は、意識圧によって、山をも動かせることができるはずなのです。

はず、、というのは私にはできないのでそう言っているわけですが、それはできなくても、数グラムの圧により、体のその部位を意識できたら、もうそれだけで、その部位にはエネルギーが注がれているのです。それは、数グラムの圧がもたらした反作用の結果ではなく、意識圧がもたらした結果として得られるエネルギーなのです。

行きたくないという学校に無理やり行かせるのは、数十キロの圧をかければ子供は引きづられます。しかし、それでは地獄の様相を作ることになるでしょう。

意識圧がその子にかかり、行こうかな、、、意識が反作用としてもどれば、子供の40キロの体を動かすことは簡単にできます。やる気を起こさせる教育の重要性はそこにあるのでしょうね。勉強に限らず、仕事も家事もすべて同じです。

物理圧のみが圧であるとの考えは、このように非常に野蛮なのです。

前置きが長くなりました。先日、九州の住むバイオリニストのMさんから、MIチューナーを服の上からなぞるだけですごいエネルギーが得られる、、、との情報を得ました。実際に試したところ、それはすごいものでしたので、皆さまにMIチューナーの新しいご使用方法として、紹介させていただく次第です。これは本当にすごいです。

二週間も続ければ、全身のエネルギー状態が変わりますので、かなり元気になると思います。医学的ではないし、科学的な話しでもないので、あくまで私やMさんの勝手な考えと思ってくださってかまいませんが、できたら実際に試されてみてください。私やMさんは、それで反作用のエネルギーが充満することを知っているだけの話しです。科学的な話しであると説得しようなどとも思っていませんので、やってみようと思われたら、ぜひお願いします。

お持ちのMIチューナーをどうかご活用ください。

やり方は下記の動画をご覧ください。
原理を解説します。微細な圧によるチューナーの作用で、より大きな反作用をもたらします。とくに服や麻の布の上から行いますと、服や布と肌との間にシールド空間ができます。シールドができれば、そこはエネルギー空間として作用しますので、エネルギーの場が安定します。シールドというのは、箱の中に物をいれておけば、傷まないのと同じ原理です。箱の中の圧と外界の圧の差ができますので、箱内の圧が通常は高くなります。そのため、箱の中のものにはエネルギーがもたらされるから、箱の中のものは、きれいな状態でいることができるのです。圧の高い方にエネルギーは流れるので、箱の圧が高い分、箱内にはエネルギーが注がれますので、箱に入れておいたものは長持ちするわけです。(あくまでフリーエネルギーの考えです。現代科学の考えでは、もっと違った言い方になるでしょうが、私はそれは真実ではないと思っています)

では、どうぞ九州のバイオリニストMさんが発見した新しいMIチューナーの画期的な使用法をご覧ください。どのMIチューナーでもできます。



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古巣MBでのオルゴールの夕べ&無料美容セミナー 2018年07月05日(木)

どちらのイベントも私の主催ではありませんが、今月に予定していますので、どうぞいらしてください。

はじめは7月19日の木曜日の夜7時から9時まで、新宿にあるアイカフェ(私とは関係ありません)で行う、無料の美容セミナーです。ただし、場所代は参加者負担となり、一人2000円徴収とのことです。

それ以外は、カフェですので、各自の御茶代などは個人でのお支払いとなります。その他は完全無料ですので、ご安心ください。ただし無料とは言え、内容は確実です。美容関係の方は目からうろこの情報満載なので楽しみにしてください。若返り方法も伝授します。

内容 美容に特化したチューナー使用方法及び、フリーエネルギーを活用した超本格美容のセミナーで、私が一人で行います。内容は圧倒的で主催は長谷川育子様です。

本当は登録ホームがあるのですが、何度やっても私のブログでは反映できないため、直接の御案内となってしまいました。

人数確認が必要ですので、お手数ですが、参加ご希望の方は、SHOPマドモアゼル・愛03-6432-1461 までご連絡ください。火曜から土曜の午後1時から6時の間にご連絡いただけるとありがたいです。よろしくおねがいいたします。

無料美容セミナーは7月19日夜7時から9時です。
会場:アイカフェ 東京都新宿区四谷坂町12-12 2F
https://www.facebook.com/suiso.i.cafe/ 電話 03-6457-8679


もう一つのご案内は、私を育ててくれた出版社でもある説話社で、月刊マイバースデイでお世話になった会社が主催される、マドモアゼル・愛432Hz純正律オルゴールの夕べ。

日時は7月28日の夜7時から9時まで。オルゴールの実際はもちろんですが、音の不思議、音の力に触れ、音に思いを乗せて遠隔で影響を与える実験も行います。
遠くにいる愛する人に思いを届ける、、まだ見ぬ配偶者に思いを届ける、、、、そんな馬鹿な、、と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、無の力を知っているのと知らないのとでは、人生そのものが違ってきます。内容の濃い、オルゴールの夕べになると思います。

こちらは、ご用意いただいた貼り付けがうまく行きましたので、下記へ直接お申込みください。真夏の晩、早稲田でお会いしましょう。詳細とお申込みは下記へ

マドモアゼル・愛オルゴールの夕べ



 

432Hz 音楽の力 2018年07月03日(火)

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432Hzの音楽を聞くと、4-5曲目から体が暖かくなり、段々と眠くなってきます。

深い癒しが本来の音楽にはあったのです。なぜ、この周波数が許されなかったのか、、、人々が幸福で満たされたら困る人がいたからでしょう。

不安本位制、不幸本位制、不健康本位制で動かされている私たち。
これをやさしさ本位制、楽しさ本位制、健康本位制に変えていかなければいけません。

それには、音楽の基音を432Hzに変更することが必要です。

まずはお聞きください。432Hz基音の、本当の音楽を。下記URLをコピーして検索しリターンキーを押してご覧ください。

https://youtu.be/fp680YOimUI

公式SHOPにて432Hzオルガニート発売しました。(他に444Hzも)

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