愛の日記


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この世のステージで問題の解決を図ろうとしない ―後編― New! 2018年11月14日(水)

宇宙人の多くは地球のことを「悲しみの星」と呼んでいるそうです。本当に宇宙人がいるかどうか私にはよくわかりませんが、それでも無数のUFOを何人かの知人と一緒に見たことがあるので、あれが地球製とは思われず、どこかに宇宙人はいるとは思ってはいます。そのうちのどの宇宙人かはわかりませんが、地球が悲しみの星、、、であると。よくわかっているとしか言いようがありません。

なぜ、地球が悲しみの星なのか、、、それは、私たちが目にし、感じ、見ていると思っているものが、幻想だからです。このことを私は占星術から知ることができました。占星術は自分と誰との相性がいいとか悪いとか、、運気がどうのこうのとかいうポピュラーな部分だけではない、深い真理に根付いているのです。

ユングも占星術と出会い、非常に夢中になります。彼の心理学のかなりの部分と占星術は深く関連しています。私自身はそうしたユングにおける占星術理解とは別に、個人的に理解したのですが、占星術が宇宙の学問と言われ、やがて訪れるみずがめ座の時代の学問であると言われることの意味がよくわかります。

歳差現象がみずがめ座を示すこれからの2000年は、我知る、、の時代で、迷妄が過ぎ、人はこれまでだまされていたことを知る時代となります。宗教、信念、科学、医学などあらゆる学問や知識が、実は本当は嘘を土台にしたマインドコントロールの中で培われたものであったと、人類はやがて知るようになっていきます。

占星術を通せば、それが見事に理解できるのですが、その最初の関門で多くの人が躓いてしまうのです。

突然、あなたの見ている世界は嘘で、あなたが感じている世界も嘘。と言われたら、確かに誰もが感じ悪く思い、忌避したくなるでしょうし、逆に嘘だと思われかねないこともよくわかります。

これまでの2000年はアイビリーブという我信ず、、、の時代でしたので、事実はどうでもよかったのです。事実よりもあたかも事実であるかのうように見せ、そう思わせられれば、目的は達成される時代だったのです。

すべてがこの方式ですすんできました。あたかも真実に見せれば良いのです。要するに騙しです。あたかも良い品に見せる、、、これは宣伝が担当します。

あたかも良い時代だと思わせる、良い国だと思わせる、、、これは国家宣伝が担当します。どちらが良いかを際立たせるためには、社会主義と自由主義にわけましょうと、かなり大掛かりでした。

良いものをあたかも悪いものと思わせる、、、これは良い人や良い国が出てきたときに逆宣伝する人たちが担当します。カダフィ大佐などは、かなり良い面があり、良い政策を行っていたようです。

あたかも真実の宗教のように思わせる、、、色々な宗教が生まれましたが、どれも世俗的で集票マシンになっていく傾向が世界的にあります。

あたかも体に良いように思わせる、、、健康食品全盛、健康志向全盛、その通りやると大体は体を壊します。

あたかも衝突したように思わせる、、、、飛行機が本当に当たってビルが壊れたのでしょうか。

あたかも永遠に値上がりするように思わせる、、、、株幻想も土地幻想もいつかは剥がれますし、何度もそうなってきました。仕掛けた人だけは儲かります。

あたかも幸福そうに思わせる、、、、なのに電車は毎日人身事故で止まっています。電車に乗っている人たちもみんな不機嫌そうです。

あたかもあたかものやり方です。あたかもは本当は嘘なんです。本当などどうでもいいのです。あたかも本当のように見せればいいのです。マスコミもあたかもニュースを配信し、芸能界もあたかも世界を見せつけます。

これが、今の私たちの時代の原理です。この原理によってすべてが動いています。だから地球は悲しみの星なのです。

しかしなぜそのようなことが起きて、また、通用してしまうのでしょうか。ここに大きな意図があるのです。何も会社や国や組織が悪だくみをして、人や人類を悪意でだましているわけでもないとも思うのです。そうではなく、むしろ私たちが自分をだましているのです。国や組織や社会はそれに合わせ、私たちをうまく利用しているだけです。

自分が自分をだましている、、、、まさかと多くの人は思います。私は自分をごまかしてなどいません、、、と多くの人は思っています。しかしそれは本当でしょうか。本当に私たちは自分の目で物事を見ているでしょうか。本当に自分の体感で物事を理解しているでしょうか。もしかしたら、それは与えられ、あたかもそうなるように見えるものを見せられて、そうだと思っているだけではないでしょうか。

占星術では、私たちが常日頃感じたり、見たり、思っていることは、ほとんどが嘘だと考えます。

先日行った月のセミナーでの主題もそれでしたが、参加者ははじめいぶかしく感じ、やがて、それが嘘でないとわかるに従い、自身の中にあった、長年、そうだと信じてきた現実が、もしかしたら違っていたという衝撃を受けていました。

占星術ではその人が、常々、どういう思いで周囲を眺めているのか、、常々、どういう感情が心を支配してしまうのか、、、を具体的に上げることができます。占星術を学べば、それはわかります。

人の心は千差万別で、ものごとの捉え方が人によって違うのです。しかし、一人の人にとっては、その捉え方は、常に一定であり、常に同じで、常に同じ反応をしてしまうのです。

五感への不快感を世の中を感じる第一関門にしている人にとっては、嫌な臭いがする、、、まずい食べ物だ、、、いやな着心地だ、、、いやな音だ、、、ということが、気になって仕方ないのです。また、他の人は、まず第一に、自分は誰とあわそうか、、、そこに居る人とどう接しようか、、、と人間関係がうまくいくかどうかだけを世界の第一関門にしてしまう人もいます。

大勢の人が集まっている時、一人はいやなにおいがする、、、と真っ先に思い、、、もう一人は、誰と話したらいいかと心を動かす、、、自分の服装への反応を真っ先に思う人もいれば、何を話そうかとそのことばかり考える人もいる、、、それこそ千差万別な思いがうずまくわけですが、その人の反応の仕方はいつも同じなのです。

一人の人間がまっさきに受け取る感じ方は、生まれてこの方、常に同じなのです。自分がどうみられているか、、、と気にする人は、常にいつでもそのことを通して世界を最初に見ているのです。

損してはイヤだと思う人は、常に損しないかとばかり世界を見張り続けているのです。

常々の思ってしまう感情や印象への反応は、占星術では月の星座が行うのですが、それらの印象はすべて本当のものではないのです。

何を言っているのかわからない人も多いかと思いますが、とても恐ろしいことを言っています。人は常々考える考え方や感じ方があり、それはほとんど一生変化しない、、、という考えはわかると思います。三つ子の魂百まで、、、という言葉があるくらいですから、ほとんどの人の中にある、まず、最初に感じてしまうパターンがあるのです。

そこまでは、大体は認めてくださると思います。怖いのは次なのです。その感じ方、世界の捉え方、それを自分の個性だと思う気持ち、、、それらが、本当はすべて嘘だというのです。それは与えられたバイアスであって、あたかも自分だと思っている人格や感情が本当ではない、与えられた嘘のものだとしたら、そこから派生する希望も夢も未来も実現することはありませんし、そこから喜びがもたらされることもありません。

占星術ではそれが月の働きであると私ははっきり理解したわけです。しかしほとんどの人は占星術など知りませんし、そこに示された内容を自分自身にあてはめようなどと思うわけがないと思います。それはそれで当然なのですが、占星術に限らず、人は誰もが、こうした第一関門でもって、周囲や社会を眺めているという事実には目を背けるわけにはいきません。

そして、その第一関門の入り口で感じた世界や印象は、すべて間違いであるというスタート地点に、人間は置かれているという恐ろしい構造をしているのです。

自分が常々感じているものが、これが自分だと思う思いが嘘だとすれば、一体私たちは何を信じたらいいのかと戸惑います。インチキな世界に生きている悲しさ、、、というのはわかりやすいですが、そうではなく、インチキな目で世界を見るように生まれついている悲しさなのです。

そしてそれが見事に利用され、色々なあたかもが出回ってしまうのです。それは、真実よりもあたかもそう思いたいという私たちの需要にこたえる形で、広がり、正当化されて行きます。

そしてその構造を悪や国家や組織がうまく利用して、私たちから色々なものを奪い取るために利用していくのです。

自分は母としての適性があり、子供のことを常に心配し、世話をやく良い母だとのイメージがあったとします。それが本当である場合は何の問題もないのです。

しかし、そのイメージが本当は嘘で、その人には母としての能力などなく、子供の世話や心配をするにしても、実はそのことが重荷で、逃げたいというのが本心だったとしましょう。

しかし良き母のイメージを信じている本人は、自分が良き母だと思いつつも本当は苦しいわけです。嘘なのですから。そのためつい家を出て色々な場所に行き、子供や家からの心理的負担を遠ざけたくなります。そして動き回る母となりますが、今度は家を空けているという負い目から、ことさらわざとらしく母を演じたりするなど、とにかく複雑になります。

これが、占星術ではかに座の月なのですが、もしかに座の月の人が、家や家族の世話が本当は心理的負担になっているということに気づけば、自身の良き母の印象操作をする必要もなくなり、心理的に楽になります。

その結果、「なんだ、私は確かに母であることが重荷だったんだ、、、」と気づくことで、「ダメな母だな」と思いつつ、むしろ子にやさしく接せられるようになっていきます。

事実に立脚した考えや行動は安定していて安全なのです。しかし、月のかに座の人があくまでそのことに気づかず、自分を良き母として振舞おうとすれば、自身がつらくなりますし、偽りの母像を投げかけられる子供も心理的に曲がらざるを得なくなっていくでしょう。

例はあくまで占星術の月の例ですが、このような形で、占星術と関係ない方でも、必ず自分に対するイメージを自分自身で持っていて、それを本当の自分だと勘違いするところから始まっているのです。それがこの地球の宿命のようになっています。

フリーエネルギーを知らず、物しかないと思う星では仕方ないこととは言え、こうした逆転の構図の世界で生きることを私たちは余技なくされています。無から物が生じ、無からのエネルギーが途絶えたら物は無くなります。その順番が逆になって考えているのが今の人間なのです。話しを月に戻しますが、月は最初の自分のイメージであり、その後、成長と共に、本当の自分自身をイメージではなくて現実として獲得していく人もいます。そうなれば人は、月イメージで自身を捉えなくなり、その人の感じ方や捉え方、考え方には安定感がでてきて、信頼できるようになります。(この部分だけなぜか色が赤になってしまってます)

占星術ではそれが太陽です。ここでは占星術を知らない方がほとんどですので、詳しい話しは省きますが、要するに自己実現していく方向の自分を自分と捉えていれば、この世のだましの要素に振り回されることは少くなります。

覚醒です。人類に覚醒されたら、今の文明は持ちませんし、変わらざるを得なくなります。(なぜかまた赤字)

嘘の自分のイメージで自分を見つめ、世の中を見ている人と、嘘でない自分自身で生きている人の違いには大きいものがあります。その違いは占星術を通せば明快ですが、占星術を通さずともはっきりしたサインがあります。

間違ったイメージで自身を捉えている人に共通のものが、下記です。

神経質そうに 不機嫌そうに 面倒くさそうに イライラしながら 不安げに
心配ばかりしながら 疑い深そうに 用心深そうに 皮肉そうに 威圧的に
事務的一点張りで 怯えながら 消え入りそうに 嘘っぽい明るさで 自慢げに うるさく 干渉的に 図々しく 暴力的に 意味なく明るく 嘘っぽく元気で 未来のことばかりで 自分のことばかり 

まだまだたくさんありますが、要するにマイナスイメージを信じて抜け出せない時、その感情に支配されて行う際に、伴う感覚や感情です。

偽りのイメージに自分が捉えられている中での行動や思索は判断や決断には、必ず上記の感情が伴っています。そしてそれらを伴いつつ行ったものは、必ず失敗に終えますし、何ひとつ得るものがありません。本当に何ひとつなのです。

母に向かない人が好い母に見せても、何ひとつ良いことなど起きないのです。大変なだけで。しかし、その人が自分には良き母なる能力などないと理解し、良き母たるものを求める生きかたを止めたとき、子供はかえってのびのび育ち、自身も元気となり、子供との関係性にも深いものが形成されていくのです。

しかし、私たちは誰でも、まず最初は偽りの自分イメージからスタートするようになっているのが、この地球の運命です。なぜだか私もわかりません。しかしそのようになっています。どこかで、自分が思っている自分が本当の自分とは違うのだ、、、ということを、前述したイヤな感情体験を思い出し、チェックし、常々そこにはまらないようにすることで、人生そのものが違ってきます。

偽りの人生から手ごたえのある本物の自分の人生を生きられるようになっていきます。その際に必要なことは、この世のステージでのありきたりの解決を求めず、無とも思える自身の心の中を探る以外に道はないのです。

すぐに手応えのあるものは、慣れたものばかりです。これまでの心躍らないすべてのパターンを捨て、一度自身をむなしいものに置いてみることで、私たちは無を体験できます。

自分には何もない、、、自分には力もない、、、心細いそうした自分を正直に受け入れ、それをどうにかしようとしないで、すぐに安心の道を求めないで、しばらく味わってみることで、私たちは割とよういに無に到れます。

会社や家が行き詰ったとき、みんなで話し合うと良いでしょう。しかし、最初に出てくるものは、この世的な、嘘に慣れ親しんでしまった心や常識や、せいぜいそんなところから出てくる考えばかりなのです。

それでもそれを続けることで、これじゃだめだな、、、これも同じだな、、、と、段々と追い詰められ、何もなくなっていく流れが出てきます。

それでいいのです。そして何もない、、、助けもない、、、アイデアもない、、、みんなが無となった瞬間に、新たなものが出てくるのです。訪れるのです。

無からしか出てこないものが、これまでの闇と迷妄と嘘と常識やそれにはまった自分、そして自分を含むそこに居た全員に突然のエネルギーを与えるのです。

こうした体験を通して私たちは第一関門として常に与え続けられていた間違ったイメージ像の世界から旅立つことができます。

そのきっかけは、無にしかありません。出すものを出し、これまでのやりくりのすべてを出しきり、そのあとに観念して無となり、それによってしか出てこない世界があるのです。それがリアリティです。

世の中は本当はこの力によっていつでも動いているのです。秀才の頭のよい勉強ができる人が新しいものを作ることはしません。その力は維持するには向いているかもしれませんが、新しいものは絶対に生み出しません。頭の良い人は、自分の中からしか新しいものは出てこないと信じているからです。しかし頭の良い人の中にあるのは、学んで知ったことだけで本当は空っぽなのです。SDカード一枚にも満たない知識を買いかぶる必要などありません。

私たちには、真実を見抜くせっかくのセンサーが与えられています。本当の深いところで、苦しさや、イヤな感情を伴いつつ行うものは嘘なのです。それで行ったことはすべて失敗しますし、その人に向いてないのです。

そろそろまとめましょう。
私たちが行き詰ったとき、これまでの慣れ親しんだ感情に逃げ込まない
私たちが行き詰ったとき、これまでの知識や常識で解決しようとしない
私たちが行き詰ったとき、すべてをあきらめてみる
私たちが行き詰ったとき、何も解決策はないが、それでも気楽にいてみる
私たちが行き詰ったとき、どうにもならないが、感謝してみる

これは頭の良い人にはできないことですが、これで解決しない未来があったとしたら、神様に文句を言えばいいだけです。頭の良い人は、なんだ、ただ何もしない、、、というだけではないかと思うかもしれません。そうなんです。何もしないで無になれば、必ずエネルギーは訪れ、新しい展開は始まります。何もしない、、、先の母の例でいえば、偽りの母でいる間は、何かせずにはいられないのです。何もしないとは、何もしないでいられる素の自分を得た人だけができるのです。そのためには、まず、幻影の自分に振り回されなくなることです。気楽、感謝、あきらめ、、、それが最高の智に至る道ですが、できる人は少なく、幻影を捨てた際に訪れる心境なのです。子供ならすぐに無になれますので、子供が本当の教師なんです。動物もそうですね。


お知らせ
11月25日の「月のセミナー」はズーム形式です。月を知り、そこから自由になることで人生が変わります。
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この世のステージでの解決を目指さない New! 2018年11月13日(火)

 現実を変える方法は色々あると思います。しかし、原理はひとつだけです。フリーエネルギーの理解がない限り現実を変えることはできません。なぜなら、すべての物も事象も出来事もフリーエネルギーによって生じているからです。その大元に働きかけない限り、新しい変化は起きないのです。

現実でのやりくりがあるため、私たちは何とかやればすべての現実を変えられると思ったり、未来を自由にできると思いがちです。しかし、この世にすでにあるものはフリーエネルギーが生んだ結果物であって、結果を変更することは無理なのです。

ただ、物ごとや事象には同次元でのやりくりはできますので、すべての物事を現実時点で変化できると誤解しやすいのです。とくに頭の良い人は現実でのやりくりによって得たいものを得、未来を切り開くことができると考えます。

現実界でのやりくりは、マネをしたり多少の勉強をすれば確かにうまく運ぶでしょう。しかし、やりくりには限界が必ず出てきます。家計が窮すれば節約するなり、へそくりで補充するなり、働いていない家族の尻を叩いて働かせたりと、色々なやりくりがあるにはあります。

しかし、やりくりが進めば進むほど、周囲を巻き込んでいきます。家計の不足のために、働けない老人は隅に追いやられるかもしれませんし、お金を得ない家族は冷たく扱われかねません。家族にはお金だけでない色々な貢献があるにも関わらず、お金というやりくりが主題になると、ひどいことが起きてくる場合もあるわけです。

会社や国家のやりくりも同様です。やりくりしようとすればするほど、どこかにひずみが出てきます。まず、弱い人にそのひずみが生じ、段々と大勢の人を巻き込むようになっていきます。もっともまずいやりくりである人種攻撃や戦争にさえ、最後は行き着いてしまうことは歴史をみればあきらかです。

どこに問題があったのでしょうか。やりくりが限界を超えても、なを、現実に働きかけること以外の道を見つけることができなかったことに問題があるのです。

こう言うと、現実の問題を現実的に解消しようとすることがなぜ悪いのか、、、との反論が生じます。それは一見論理的に思えますが、本当はそうではないのです。現実の何等かの行き詰まりは、必ず原因があって起こるのです。その原因を知って、その部分を変更しない限り、生じてくる現実を変えることはできません。

しかし、私たちはつい現実に問題があると思い、その現実を変えればいいと考え、そのように行動し出します。

家にお金がない、、、へそくりを探す、、、誰かに働いてもらう、、、とりあえずのやりくりは重要ですし、それで問題が解決する場合もちろんあります。働くことを心理的に恐れていた家族の一人が、家計の困窮をきっかけに、自身の生き方と意識を変えていく、、、そうしてお金を得るようになり、それによって仕事や社会参加への恐怖を克服する。そうして家族の一人が成長するような場合は、素晴らしい解決になります。

しかし、その場合でも、働かなかった家族が働いてくれたから家計が楽になったのとは違うのです。家族の意識が変化したことが、新たな家族のステージを切り開き、その結果として、お金も入るようになっていったわけです。

働かない家族を強圧的に無理やり働かせたら、ではどういうことが起こるのでしょうか。おそらく家計はさらに苦しくなっていくと思います。無理やり働かせた家族が倒れたり、新たな問題を起こしたりしてお金も出ていき、家計はきっとさらに苦しくなるでしょう。

お金がない、、、お金が欲しい、、、お金を得よう、、では、何の問題の解決にはならないのです。1940年代にアメリカは戦争に勝って、世界一の金持ち国家になりました。その金持ち度は半端ではなく、世界のゴールドを独り占めにするほどで、それに裏付けされたドルは、世界のどこでも威張ってその存在を誇示できました。

そのアメリカがわずか数十年で日本に追い越されてしまったのです。しかしその日本も、日本アズナンバー1と言われるまでに至ったものの、わずか数十年で、今度はその日本が、多数の子供の食事もままならぬほどの貧しい国に立ち至ってしまったのです。

アメリカや日本で起きたこうした問題は、一見お金の問題にみえて、本当はお金の問題ではなかったのです。意識がともなわなければ簡単にひっくりかえってしまうのです。成長期のアメリカや日本にあった意識が途絶えたとたんに、わずか数十年ですべては変わってしまうのです。意識がすべてを生み出すからです。蓄えが将来を決定することはないのです。

このように、やりくりには限界があるということです。この世的なステージで物事を考えれば、お金持ちの家に生まれた子は永遠に金持ちだと誰もが思ってしまいます。しかし、それは一時のことで、物量ややりくりは本質ではなく、本当の問題解決にはならないのです。

人は誰でも、お金がないとなれば、まず節約し、次に貯金し、それでもダメなら、収入を何とか増やそうとし、、、など、やりくりをいたします。それによって救われることは多いですが、救われた場合は、本当はやりくりの結果ではなく、そこに意識の変化があったからなのです。

意識の変化なくして、どんなにやりくりしても、何ひとつ現実を変えることはできません。それどころか現状はさらに苦しくなっていくのです。無からしかエネルギーは来ませんので、現実ベースでのやりくりで、問題を解決することはありません。

病気にかかれば、誰でも早く治して元気になりたいと思います。それは事実ですし、私ももちろんそう思うと思います。しかし、それだけでは、絶対に病気を治すことはできないのです。なぜなら、病気という現実を、この世的な何かによって治そうとしても無理だからです。すでにある結果を変えることはできないのです。

結果は原因あってのものですので、原因を変える以外新たな結果を作ることはできません。

良い薬に巡り合ったので治ったとか、良い医者にかかれたので治った、、、ということは当然あるでしょうが、実はそれもそう見えるだけで、本当は薬が効いたのでも医者が良かったからでもないのです。

意識が変わらない限り、新しい結果は起こりません。病気が治った場合でも、良いと思われる薬や良いと思われる医者への信頼などがあり、それが新たな意識に至らせたことで、治ったわけです。あくまで条件づくりに役立っただけで、薬や医者が治したわけではないのです。治したのは病気をもたらしたものと異なる意識の変化以外にないのです。

行き詰りとは、すでにこの世的なやりくりが限界に来たことです。それでも何とか、あれがあれば、、、とか、これがあればとか、、、あの人に頼めばとか、、、人は考えますが、自分の日ごろの意識を直視した方が早いのです。

この世的なやりくりは、誰もが自然にやっています。お腹がすけばご飯を食べますし、ご飯がなければ外に食べに行きますし、お金が少なければ、食べる物を減らすなどして工夫をします。そうしたやりくりのすべてがダメで限界が来たとき、本当に行き詰るわけです。

どうにもならない行き詰りを、それでもどうにかして、、、と思うと、必ず、外界や他人を巻き込んでいきます。そして悲劇は拡大するのです。

この民族に食べさせる力はない、、、ということで、民族浄化を図られたらたまったものではありませんが、実際に歴史上なんども起きた事実ですし、今でも起きています。また行き詰りの打開のための戦争もいつか来た道で非常に多い選択肢でした。それ以外にない、、、という信念に支えられて戦争が起こりますが、無理なやりくりは止めて、お互いの国でどうしようか、、、、と肩を並べてかんがえれば、無から思わぬ解決の糸口が必ず訪れるのです。

これも、無がエネルギーの宝庫であることを知らないための悲劇です。行き詰るということは、無の入り口に立ったことであり、本当は前途洋々に広がるべき段階に来ていたわけなのです。

 しかし、物や現実にのみ力があるとする優秀な人たち、勉強だけができる人には、絶対にそのことがわかりません。わかろうとしません。無に力があることを認めると、では、私の優秀性はどうなるの、、、という構造を持ってしまっているからです。この世は勉強のできる頭の良い人たちのやりくりによって破壊されつつある、、と言ってもいいでしょう。

何もやりくりしなければうまく行くのに。できるやりくりならとっくにやってます。

ではどうすればやりくりを超えた問題解決の方法があるのか、、、次回後編でお話しさせていただきます。

覚醒の時代に入りつつあります。本当のことを知ることで私たちは次の時代を迎えることができます。しかし、それには、これまでの今の世が、本当の意味でいかに間違っていたかを知る以外にありません。その大元が、無の存在であり、命の永遠性であり、フリーエネルギーが本質であることと関係しているのです.。意味のない努力は無意味であり害でもあります。

生きているのではなくて生かされていることに気づけば、誰もが簡単にフリーエネルギーの道に入ることができるのです。それは永遠の道であり、嘘も迷妄もない、楽な道となるのです。
 
お知らせ 
12月22日の冬至の昼時、、、冬至の妖精茶会 会費5000円
妖精を招いて来年の幸運をお願いする楽しいお茶会です。(宗教とは一切関係ありません)

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チューナー施術の副作用について 2018年11月08日(木)

 九州の室田さんが発見した室田式フェザートーンタッチですが、好評を得ています。皆さま、「簡単なのに凄い効果でびっくりです」とおっしゃってくださる。

やり方はいたって簡単で、ただ全身を服の上からチューナーでなでるだけ。全身を行っても20分もあれば頭のてっぺんから足裏まで施術できます。

麻の布にくるまって、裸で全身ケアするのがもっとも効果的ですが、薄手の服の上からでもまったく問題ありません。ご夫婦や恋人同士、ご家族で行えば、背中もやりっこできますので、素晴らしいコミュニケーションにもなるでしょう。

ぜひ、MIチューナーをお持ちの方には、おやりになっていただけたらと思います。「チューナー、、、いいけど、つい面倒になってしまったきり」という方が非常に多いと思います。フェザートーンタッチなら、ただなでるだけでいいので、難しいことはありませんし、しかも気持ち良いので続くと思います。

先日、第十四回のプロ養成施術セミナーを終えたばかりですが、その際にも初めてフェザートーンタッチによる全身施術を行いました。全身をけっこうゆっくり時間をかけて行いましたので、次の日、もしかしたら反作用でつらくなった方はいないか心配していたところ、やはり数名の方が該当しました。

施術したあとはびっくりするくらい体調がよくなって元気だったのですが、翌朝が多少つらく感じた方が何名かいました。全身施術ではよくあることなのですが、フェザートーンタッチという軽い施術方法でも同様に反作用が出たことに驚きました。

これは、副作用というよりも確実な好転反応で、体の隅々にたまっていたものが表にでてくるために起こる一時的な不調です。昨日、整体師のご夫妻がお店にいらっしゃって、「あれ、最高ですよ。フェザートーンタッチ。」とおっしゃる。クライアントさんが全員よくなるとおっしゃってくださったのです。

気を良くして私も自慢げに、「凄いでしょ」などと合わせていたのですが、気になっていたので、「でも、時々、副作用が出る方はいませんか」と尋ねてみたところ。あっけらかんと、「はい。全員に出ます」と躊躇なくおっしゃる。理由は関節が動くからです、、、とのことですが、とにかく、何十名、何百名と施術されたプロのご夫婦がおっしゃるのですから、体験の強みというか、間違いのないことだと思うのです。フェザートーンタッチは全員に効くが、全員に何等かの副作用が出る、、、というわけです。

プロのご夫婦はそのことをあらかじめクライアントに告げてから施術されているので、何も問題が起きず、むしろ信頼を得ているようでした。チューナー施術でも多少の副作用が出てきますし、今回、フェザートーンタッチでも副作用が出ることがわかり、私が開発したものには、ほとんど副作用があるな、、、と思った次第。

凄い副作用がでるケースが神舞踏でした。これは、踊りやヨガの先生たちから非常に高く評価され、「これが本当の動きです。本当のヨガです」と持ち上げてもいただいたのですが、そうした先生自体が、数週間たつと、げっそりしてあらわれ、「先生、神舞踏には何か副作用があるんでしょうか」ということが何度かありました。確かにそうなんです。これまで体に蓄えられていた毒物のようなものが、動き出し、排出が間に合わない状況になるため、デトックス中の不調が半端なく出てくるわけです。

高熱を出す方、、精神的に不安定になる方、、、鬱のようになる方など、様々な出方ですが、神舞踏には必ずありました。そのため、今は神舞踏セミナーは行わずにいますが、あれは実は大変なものでもあるのです。

副作用がまず数日後に出て、数日でそれが消えます。再開して今度は一ヶ月後、もしくは三ヶ月後に副作用が出ます。一週間ほどで消えます。再開して、今度はほとんど出ることはなくなります。あとはエネルギーが入るのみとなります。

神舞踏ほどではありませんが、ふるべ合宿でも終えた後は、副作用が出る方が多かったです。ふるべは、ただ体の全身を揺らすという単純な原理ですが、究極の原理でもあるのです。神舞踏は全身の拮抗点を探るさらに上の意識ですので、副作用は大きくなりますが、ふるべに劣らないレベルです。

ふるべゆらゆら、、、ゆらゆらとふるべ、、、で死人も生き返ったと言われるくらいのもので、そのエネルギー注入はすさまじいはずで、その分、反作用、副作用も凄いのです。

しかし、これは湯あたりと同じことですので、はじめから飛ばして最高のものを狙わない方が良いことになり、やり方も考えるようになりました。
急がない、無理しない、全身にこだわらない、良くなったからと言ってもっともっとと思わない。そんな風に意識して行う重要性です。

ふるべも神舞踏もそしてフェザートーンタッチも、副作用が出ることは、必然で仕方ないことですがそれを極力抑える方法で行うことが大切です。

このうちもっとも簡単なフェザートーンタッチはぜひとも大勢の方にやっていただきたい方法です。やっていただけたら感触は必ずつかめますので、あとは、徐々に時間を伸ばし、最初は髪だけ、、、腕だけ、、、背中だけ、、、足だけ、、、次の日は腕と髪、、、次の日は背中とお尻、、、次の日は足とお腹、、、というように、徐々に広げていき、10日ほどかけて全身に到れば、ほとんど副作用なく全身フェザートーンタッチを行えるようになります。

最初は数分。次の日はさらに数分、次の日は6分程度、、次の日は8分程度、、、次の日は10分程度、、、ちょっと副作用が出そうと感じたら、次の日はお休みし、翌々日から再開。ちょっぴり元に戻し、8分程度、、、次の日は10分、次の日は13分、次の日は16分、次の日は20分、、、また副作用が出そうになったらお休みし、翌々日から再開。こうやって30分程度で全身ケアができるようになる、、、というのが最高です。

この方法さえ覚えれば、こう言っては何ですが、どんな施術のプロにも劣らない最高の施術が行えると思います。電気がなくても、どんな災害時にでも、どんな状況でもチューナー一本で、あなたは大勢の人を救ってあげられる人になることでしょう。

ぜひともフェザートーンタッチを良き習慣にお加えください。

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下記の動画ではフェザートーンタッチの簡単な解説です。動画内でお奨めしている麻の布は現在売り切れています。麻の布がなくても服の上からでも大丈夫ですので、お試しください。下のURLをコピーしてご覧ください
https://youtu.be/3lTkhBbGD4w

お知らせ ズームセミナー「月」 11月25日 夜8時から
占星術の最奥のポイントは月と太陽の理解にあります。この両方ともを理解するにはわりに難しい面があります。ことに月は難題です。月は一般の占星術で言われるほど良いものではありません。月を自身の本質として理解してしまうと、月並みなことしかできない人生となり、しかも本人は苦しいのです。

きょうは新月です。新月に作ったものは長持ちすると言われます。京都の眞名井地方では、竹は新月にしか切らない、、、という風習がありました。それは、新月に切った竹は千年持ち、それ以外のものとは雲泥の違いが出るという理由でした。占星術でも、新月は良い日と考えますが、それは、段々と月が今後増えていくことに起因する吉日との考えです。しかし、そうではなく、月が出ていないことが実は大きいのです。宇宙のエネルギーが月に邪魔されずに直接いきわたるので、新月に始めたことには幸運が宿るというわけです。

月がないことが吉日との考えがもともと私にはありました。最近ではそのことを良く理解してくださる方も多くなっています。今月の10日には月のセミナーがありますが、そちらはリアルですが、今、ご紹介させていただくものは、ズームによるセミナーで11月25日の夜に行います。ぜひ、月の支配から自由になることが幸運な人生には不可欠と思われますので、プロの方はもちろん、ご関心がある方は、どうぞご参加ください。

お知らせ  10日は尾山台のお店はお休みいたします
11月10日の土曜日は、SHOPマドモアゼル・愛はお休みさせていただきます。月のリアルセミナーがあるため、10日の土曜日は臨時休業となります。どうかよろしくお願いいたします。
 

月についての再考  Zoomセミナー 11月25日午後8時 2018年11月02日(金)

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 以前に月についての占星術的考えを二回ほど語ったことがあります。多くの反響をいただきましたが、もっとも多かったのは、自分の苦しみの原因がわかって楽になった、、、という方が多かったです。

所詮、占星術の話しではあるのですが、占星術は人類最古の文化の一つであり、もしかしたら宇宙人からもたらされたものではないか、、、と考える人もいます。また、心理学者のユングが占星術を深く探求したことは有名で、意識と占星術の関係を最初に直観した人と言ってもいいでしょう。

以来、占星術はちまたで言う、相性や当たりはずれの星占い、、というより、人の意識の構造を解明する非常にすぐれたツールになっています。しかし、なぜ、生まれた時の天体の配置がこれほどまでに人の意識を支配するのか、、、その謎は今のところわかりません。

おそらく、ユングが言うところのアーキ―タイプがあり、イメージの宝庫としての宇宙を、天体になぞらえて認識することで、人、地球、太陽系、宇宙という構造が浮かび上がってくるように、私たちの心は作られているのかもしれません。その具体的な表現が占星術であり、天体と人間の間に意識上での関係性が存在するという考え方も、ユングにとっては自然で受け入れやすいものだったと思います。

もしかしたら占星術は、今の科学をはるかに超えた考えであり、本当に宇宙人からもたらされたものだったのかもしれません。いずれエネルギー論によって、出生の星の配置とそこから受け継ぐ意識構成についての関係が、解明される日が来ることと思います。

地球人は地表に住み、もろに天体の影響を受ける位置ですが、もしこれが地底人だとしたら、おそらくもっと発酵された形で宇宙のエネルギーを受け取れるでしょうから、月の強制力からは、かなり自由になれると思われます。地表は卵の殻のようなものですが、殻の中の圧は高まるので、宇宙からのエネルギーを豊富に受け取ることができます。圧が高い方にエネルギーは集まるからです。

あらゆる問題の原因はエネルギー不足ですので、意識の問題も同じように考えられます。エネルギー不足の人間が月の波動を浴びれば、幻惑されても当然で、本来の目的を容易に失うようになるでしょう。そして残念なことに、それが有史以来、今なを起きている現実でもあるのです。

占星術では自身の意識の構造を知ることができます。ふたつの星がそれを解明するもっとも重要なもので、それが太陽と月です。出生時にそれらの星がどの星座にあったかで、基本的な意識の構造が決まります。

太陽は本物を意識をその人に与え、月は見せかけの意識をその人に与えます。
太陽意識の方が月意識よりも強いのですが、太陽は自身で獲得していく中で作られる意識であり、月は幼少期から作られてしまった日常の意識です。

どのように太陽意識を獲得している人であっても、常日頃の日常の意識はまず最初に月から訪れるのです。ですから、私たちは常に月の意識に沿って世の中や自分のことや人のことを眺めています。

それが本当のものであれば何も問題はないのですが、月意識は本物とは違うのです。母との関係において成長過程で作られた仮の意識であるにも関わらず、それは成人後も永久に続くことになります。

仮りに作られた意識を、本当の自分と取り違える人ももちろん多いですし、仮に作られた意識にしばられ、窮屈な思いで一生を生きていく人も多いのです。

一体、誰が、月を使ってこうした構造を作ったのか、、、本当に不思議です。まるで地球人の意識をおとしめるために作ったとも思えるほどですが、そうしたことは語る立場にないので何とも言えませんし、仮に月によって人類の意識が成長しないように仕組まれている、、、といったところで、誰も信じてくれないでしょう。理由はともあれ、月が私たちの日常の意識を支配し、それは本物ではない、、、という事実のみに目を向けることにいたします。

本物でない意識なのに、常に毎時毎瞬その本物でない意識が働き続けている、、、、その苦しさ、つらさ、不自然さは、わかってしまえば、なんだ、、、ということになります。「自分はこの意識で何十年も生きてきたから苦しかったんだ」ということがわかっていくわけです。それまでは、月の意識を自分の本当の意識だと思って人は生きていきます。だから、地球は悲しみの星と言われるのでしょう。

あなたが、常日頃、毎瞬毎瞬、どういう意識でいるか、、、また、どういう意識でいなければいけないと思っているかは、あなたの出生時の月の星座が示しているのです。

月がおひつじ座にあれば、アイアム、、、という「私」という意識が常に危機に瀕しているのです。なので、私意識が脅かされそうなケースに合うと、イライラし、乱暴な言動をはいたりしてしがちです。自分がどう扱われるか心配でならないのです。病院でカルテを待つ間も安心して待てません。ちょっとでも席を離れた際に呼ばれるのではないか、、、電車がくれば、自分の席は空いているか、、と。
そうしたアイアムの危機感は、早く早く、と焦る心理を醸造しますし、のんびりした人のやり方にイライラしたり、列に並んでいる人がずれたりすると、自分の順番にも影響がでると思って安心できなくなります。そうした思いで常に生きているのが、月のおひつじ座であり、私という確たる自信がないためなのです。なので、常にそれを見張りつづけ、息すら楽にできないで疲れる人も多くいます。
イライラする機会が多ければ、どうしても人とぶつかります。しかし、本当には争う力は月のおひつじ座にはありませんので、自分自身が傷ついてしまうのです。本当の暴力になれば負けますし、感情を爆発させたら、後で自己嫌悪に陥ります。すべては嘘の動機によって、月おひつじ座の衝動を出しているからです。

月がおうし座にあれば、アイハブ、、という「所有」という意識が常に危機に瀕しているのです。友人が良い物を持っていると、自分がそれを持てないということだけで不安になります。眼についた良いものや魅力ある物は、すべて心を乱す原因になります。そのためにお金を渇望しますが、金持ちになりたいと思うのと実際の金持ちは別です。そのため、常に金持ちになりたいし、またそう見せたいと思いつつも、アイハブであることはまれなのです。おうし座は五感を意味しますので、五感の快感にも常にこだわり続けます。しかし、それは防衛から来る五感ですので、まずい、臭い、汚い、うるさい、、、とこだわり、周囲を巻き込みます。いやなら見なければ、触らなければいいだけなのに、周辺の環境まで所有したい心理が無意識に働くので、言わないではいられないのです。それはすべて、周囲のものを所有したいという幻想から訪れる感情なのです。月がおうし座にあれば、アイハブの意識から逃れられず、常づねそう思いながら心を乱すことになりがちです。

12星座の月について、すべて語る場ではないので、例として簡単に上げましたが、私たちは月意識を常々持ち続け、それが嘘であることに気づけません。まず第一に月意識でしか人間は外界と触れられないからです。しかし、自身の中にある月の影響が理解できるようになれば、そこから自由になれます。本物の太陽の意識によって生きる道がその時あらわれ、幸福で豊かな生き方を私たちに与えてくれるのです。そのためにも、毎瞬毎瞬、私たちをおおっている月の意識を知る必要があり、それを知るためのセミナーが11月25日の夜、ズームによって開講します。

占星術を学ばれている方、また、占星術に関心がある方のご参加をお待ちしています。

セミナー詳細は下記へ 例としておひつじ座からしし座までの説明もあるのでご覧ください。

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Zoomスタッフ募集のお知らせ

マドモアゼル・愛のズームセミナーをお手伝いできる人を募集しています。夜間撮影がありますので、夜でも勤務できる方。お電話でご連絡ください。世田谷区尾山台になるべく近い方希望です。

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いわく言い難い世界とつながる生き方 2018年10月25日(木)

意識からしかエネルギーが来ない、、、というのは、これまでに何度となく語ってきました。また、私たちは肉体を持つものの、本当の自分は意識であるとも語ってきました。それはその通りですが、では、肉体とは何か、改めてとらえることも重要だと思います。

意識論から言うと、肉体の重要性は小さくなりがちな印象ですが、それは間違いです。肉体ほど重要なものはないのです。言っていることにつじつまが合わないように感じられるかもしれませんが、肉体は重要なのです。

肉体はエネルギーをあっちの世界から得て存在しているので、あっちの世界からのエネルギーが枯渇したら肉体は劣化しやがて滅びます。この流れ自体は普遍であり、肉体に限らず、すべての物質も同様です。

物質や肉体はあっちの無の世界からのエネルギーを得て存在しているということは、つながっているわけです。つながりの糸は何かというとそれは意識ですが、もっと平たく言えば、五感なのです。

人間には視覚、臭覚、触覚、味覚、聴覚の五感があります。犬になると聴覚が人間の何倍、臭覚にいたっては何千倍も利くようになります。植物の触覚はすごいらしいです。わずかな風の動き、流れを正確に捉え、光や音にもものすごいレベルで反応するらいしいのです。

このように人間に限らず、動物植物には、なんらかの五感に相当するものがあり、これを通して、生命はあっちの世界とつながっているとも言えます。

話しを人間の五感に戻しますが、私たちがご飯を食べる時、本当はあっちの世界とのつながりの可能性を秘めているのです。私たちが音を聞くとき、あっちの世界とのつながりの可能性を秘めているのです。触る時も臭覚を働かせるときも同様です。

では、すべての場合で人は五感を通してあっちとつながっているのか、、、となると、残念なことにそれは違います。つながる場合もあるし、つながらない場合もあるのです。

文化の重要性はそこにあります。繊細な文化は香りであれ視覚であれ聴覚であれ味覚であれ、すべてあっちの世界とのつながりを予感させるものです。

四季を愛でるとは、視覚で四季を感じ、味覚で四季を味わい、臭覚で四季の深さを知り、触覚で四季と戯れ、聴覚で四季と一体となる、そうした遊びです。

五感を通じてどこまでつながるかは、人それぞれです。浅い味覚にしか至らない人もいれば、深い味覚を察知する人もいる。味覚を通して、無の世界への糸をたぐる人も出てくる。すべての文化はそうやって発展してきたのです。

文化の大元にあるものは、あっちの世界の無以外ありません。こちらの世界の都合で解釈できる内容とは違うのです。

五感を通して、私たちはそうした無の世界とのつながりを体験できるようにできている。無こそが実体であり事実そのものなので、あるものを無いとは言えない。その絶対感覚が、研ぎ澄まされた五感にはあるのです。そのように人間はできている。動植物もおそらくそのようにできている。

つながるものが幽界であれば、いずれ私たちはエネルギーを失い、最終的には狂気に陥ることになる。虚構を事実と思えば、人も虚構に陥るためです。五感が無につながれば、無は実在なのでそういうことは起こらない。ただ高度なエネルギーが入ってくる。

なので、食べる時は、ゆっくりと、味わい、何かを感じ取るようにして食べる、、、それが文化なのです。見る時は、ゆっくりと見、表層にあるものにだまされずにその奥を見つめる、、、音を聞くときは、音がどのように出ているかを深いところで聞き取る、、音を見るという表現や、香りを聞くという表現がなぜあるのかも、奥にある無を見つめる深い文化であるからでしょう。

なので、無とつながる五感となれば、食は少なくてもエネルギーワークとなり、一瞬のしじまにこだます音ですべてを理解させ、香りを聞けば個の意識は飛んで自由になる。

無からしかエネルギーは来ないので、五感で味わうさらに奥の世界を探訪すれば、私たちの生き方はエネルギーワークとなっていくのです。
むさぼれば死が近づき、食の奥を味わえば、たった一口の料理が永遠の命を約束もしてくれるのです。文化の偉大さがここにあります。そしてつながったものは、言葉にすることはできず、いわく言い難いものとなってその人の宝になります。

説明できるものに真実はありません。知が彼岸へ行き着くことはないのです。

文化の秋の到来です。五感を通じて今年の秋、あなたは何に出会うでしょうか。いわく言い難い体験を共有できる人がいれば、それは人生最高の幸福ともなるでしょう。

チューナーで深い世界とつながる秋
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理性、思考はエネルギー不足がもたらす現象 2018年10月23日(火)

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理性と思考は同根で共にエネルギー不足が招く現象です。子供時代は元気で活気に満ちてエネルギー十分ですが、理性はあまり持ち合わせていません。

そんな中でも大人びた子供が時々あらわれ、人はなんで生きるのかしら、、、とか、生きる意味って何だろう、、、幸福って何?、、などと考える小中学生や子供がいます。

そうした子供は理性的のように見えますが、本当はエネルギー不足なのです。すでに幸福な子供が幸福って何とは考えません。人生とは、、、と考える時、人はすでに人生に行き詰っているのです。幸福って何、、、と考える時、すでに人は幸福でないのです。

子供に限らず、それは大人でも同じです。結婚した方がいいか、、それとも一人で暮らすべきか、、、、と、よくある悩みでもありますが、本当は悩みではないのです。どちらにもエネルギーが向かないということに他なりません。エネルギーがあれば、結婚する、仕事する、と、迷うことなく自身の道は見つかります。エネルギーがないから、考えてしまうのです。

将来、歌手になりたいのですが、それで本当に成功できるでしょうか、、、と中学生や高校生は考えたりします。エネルギーがあれば、それで成功できるでしょうか、、、などとは考えないのです。成功も失敗もなく、ただ好きな道に進んでいこうとします。

エネルギーがない時、人は悩み、考え、理性的になるのです。理性もエネルギー不足と片づけると反発は出るとは思いますが、理性も同様なのです。すべてはこっち側の人間界の問題であって、あっち側の無のエネルギーサイドとは異なる地点での話しなのです。

恐怖や悩みも同様です。パニック障害という病気ではないと私は思うのですが、一応、病名になっていますので、その面で話しをすすめますが、その治し方は、恐怖突入がベターなのです。怖い、、、パニックになりそう、、、心臓がドキドキしてきた、、、立っていられない感じになってくる、、、息が苦しい、、、色々な症状がパニック障害ではありますが、どれも思考ですので、それを体験に変えることで乗り越えられるのです。医者ではないので治る、、、という表現はできませんが、心の姿勢として、思考から離れ、体験としてパニックを受け止める、、、というアドバイスです。

思考から離れるなら、怖いも嘘、ドキドキも嘘、立っていられないも嘘となります。思考は言葉を求めますが、言葉に出した時点で理性に組み込まれます。

それではパニック障害は克服できません。思考を離れ、体験として受け入れる以外に私は無いと確信しています。

よくわからないけど、なんだか、凄い精神状態と症状があらわれているようだが、それを呼吸が苦しいとか、心臓がパクパクするとか、怖いとか名付けずにただ、黙って「うーん」とでも言って受け入れ、それと一体となる。観察する人とその解釈をすべて捨てて、ただ「うーん」の状態を受け入れる。

そうすれば、それは変わった体験となり、勝手に過ぎ去る。そんなこと言ったって、何度もそうなるんですよ、、、とか言う人がいると思うが、何度きても同じように体験すればいいのです。そのうち、慣れてしまってどうでもよくなっていく。

あれほど、何十年も苦しんだパニックが、いとも簡単に過ぎ去る。理性でなく体験として受け止めれば。

理性は苦しみ、考え、エネルギーを消耗させていきます。体験は受け入れれば、それがどんなものでも最終的には喜びになり、エネルギーの補充になります。

体験せずに、あえて、現象を名づけ、理性的に捉え、考えるから、人はエネルギーを失っていくのです。子供は疲れない。疲れたと思った瞬間に寝ています。体験重視で生きていて、理性に流されないためです。なのでエネルギッシュでいられるのです。

体調や病気に限らず、貧乏でも、ルックスが悪いでも、太ってる痩せているでも、背が低い高いでも、学歴があるないでも、すべて同じです。それらは共通して思考なのです。共通して理性なのです。そこにエネルギーはありません。

貧乏と言われる状態でも、それを貧乏と名付けなければ、何も不利は起こらない。子供などはどんなお金持ちの子供でもみんな貧乏です。しかし、貧乏と名付けないので、そうしたカテゴリーから自由でいられる。
名付けることで、理性と思考に組み込まれ、私たちからエネルギーを奪っていくものとなるのです。

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