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思考はエネルギー不足から生じる 2018年05月31日(木)

人間は考える葦である、と言われるように、思考することがその特徴であるかのように語られます。

しかし動物でも学習はするし思考することもあります。しかし、動物が思考する時は、不安や恐れや危険を感じ取った際に、過去の記憶に頼るようにして思考するのではないでしょうか。

ご主人に難題を吹っ掛けられたペットは、よく困ったような顔をしますが、自然なエネルギーが流れないためのエネルギー不足状態にあるわけです。

これは人間でも実は同じです。あまり思考しない子供時代は大体は皆エネルギーにあふれているものです。しかし中には、「なんで人は生きていくの」「幸福ってなに」などと、難しく考える小学生や中学生がたまにいます。

それは、その子が生きることにすでに挫折しているからそう考えるわけであって、すでに不幸なので幸福は何かと考えてしまうのです。幸福な状態にある子が幸福って何、、、とは決して考えません。

そして不幸とはエネルギー不足以外にはありませんので、思考とエネルギー不足とは深い関係にあるのです。

成人してからも私たちはエネルギー不足に陥ると、しきりに思考を始めます。色々考えて夜眠れなくなるのは、エネルギー不足からくる思考活動のためでしょう。

エネルギーが満ちている時は、思考は介入しにくいのです。楽しい時、うれしい時、活気に満ちている時、、、、何を考える必要があるでしょう。

反対に言うと、思考が止まらない、、、悩みが止まらない、、つまらないことを堂々巡りで考えてしまう、、、、そんな状態の解決方法はエネルギー不足を解消する以外にありません。

人生に悩む小学生は、エネルギー不足であることは確実です。エネルギーは一体感からもっとも得られますので、親や周辺との一体感が持てず、孤立した気持ちでその子は生きていたのです。

思考に傾きがちは人は、どこかに必ず孤立感や自他の思いが強すぎる面があるます。それは怒りや憎しみ、隠れた復讐心となっていきますので、どこかで何かで自他の一体感を得ることなくしては解消されません。

一杯飲み屋で愚痴を言い合うサラリーマンは、消極的な一体感とは言え、家よりもエネルギーをそこで得られていられるのかもしれませんね。家庭で妻や家族との一体感を得られるのなら、何も飲み屋で愚痴を言い合う必要はありません。

一体感の他にどうすればエネルギー不足を解消することができるか、、、、神様はけっこう簡単で実際的な方法というか、素のありようで人間を守ってくれています。

私のエネルギーの取り込み方法は、無からしかエネルギーは来ないというもので、ブログをお読みになってくださっている方は、何度もその話しを聞いていらっしゃると思います。

人間の直立姿勢は簡単にエネルギーを取り込める素晴らしい構造をしています。

具体的に言いますと、頭がもっとも比重的に重たいのが人間です。なので、頭の重量を頸椎や人体組織によって重力拮抗状態にしなくては首が疲れてしまいます。

しかし皮肉なように、私たちは思い詰めると、頭(首)を下げるのです。重力拮抗ができない形にしてしまいます。首をうなだれる、、、、と言いますが、思いつめた時の姿勢がそれです。

そんなときは、まず、頭をうなだれて、次にゆっくりと持ち上げていきます。段々と頭が上がり、首が伸びていくあたりに、頭の重力がなくなり、頸椎などの下部組織と頭の重力が拮抗するところがあるはずです。

そこに頭を乗せておけば、頭は重力から自由でいられます。要するに頭の重力は拮抗したのです。拮抗すれば無となりますので、そこにエネルギーが入ります。

極めて簡単なので、どうぞお試しください。頭部の重力が拮抗すれば、段々とエネルギーが満ちてきますので、思考は止まります。この気持ち良い姿勢で思考することは不可能です。不可能というより、不自然です。

重力拮抗は何も頭だけではありません。人体のどこでも拮抗させればそこにエネギ―が入ります。頭部はとくに大切で、人体は頭部を上にする直立姿勢になることで、実は頭部に豊富エネルギーを送りこむことができる姿勢なのです。

簡単に動画を取りましたので、どうぞお試しください。思考の停止がエネルギーの補充であり、何も考えない、、、ということの大切さが、エネルギーから見るとよくわかります。(撮影準備が整わなかったので、動画は次回にいたします)

そして、人間は頭部が上にあることで、重力拮抗しやすく、頭部に容易にエネルギーを取り込みやすい人体となっているわけです。もし動物が思考し出すと、おそらく人間以上にエネルギー不足に陥り、すぐに危機となると思います。

人間は何か困ったり、自信をなくしたり、悲しくなったり、とにかくエネルギー不足に陥ったら、「見上げてご覧、、、、夜の星を、、、」の姿勢を取ることで、不要な思考は必ず停止します。停止しない場合は思考に頼る信念が強すぎるためです。夜の星を見上げる頭部重力拮抗の姿勢をとっても、まだあれこれ思考ばかりしているのは、崩壊過程に入っているためです。強制的なストップによりゼロに戻される力が働く状況でもあります。

大きな挫折やショック体験は、ゼロに戻すために行われる強制的なエネルギーワークとして捉えた方が良いのです。

頭の重力を拮抗させる姿勢について、具体的に下記いたします。

まず、力を入れずに姿勢よく立ちます
次に頭を前にうなだれます
うなだれた頭をゆっくりと上げていきます
目線よりも上まで上がり、首がきれいに伸びるあたりで、頭の重力を感じない部位があると思いますのでそこでストップさせます
しばらくその姿勢でいるか、その姿勢で歩いて散歩などしてみてください

頭部拮抗により豊富なエネルギーを得られますので、思考は基本的に停止します。

お知らせ
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お金持ち 健康持ち 生きがい持ち 2018年05月30日(水)

人は色々なものを持っています。持っているものが何かで、人生の幸福度が決まる場合もあるかもしれません。

色々なものを持ちたい、、、という欲求の中で、もっとも欲求度が高いものがお金かもしれません。

お金さえあればすべての問題が解決すると、そう信じている人も多いようです。

ですが、人の幸福度とお金の関係を調べた結果があるらしく、日本では年収700万円程度の家族の幸福度がもっとも高かった、、、ということです。700万以上でも以下でも段々と不満度が高くなっていくというのです。

年収1000万円を目標にして将来の幸福を考える風潮が一時ありました。結婚相談所では、年収1000万円となると、その男性のルックスはさしおいて、やはり人気が集中するらしいのです。

お金については、色々な考え方があるとは思いますが、私は年収1000万円から2000万円程度がいちばん貧しい印象を受けます。

700万円程度ですと、一家4名が通常程度の豊かさで暮らせますが、決して贅沢はできないレベルです。なので、贅沢意識も倹約意識も自然なものになりやすく、不自然から来る出費は少なくなります。

これが年収1000万円を超えていくと、間違った優越意識が芽生え、一流思考が出てきやすくなります。すると、いくらあってもお金が足りない貧しさに直行しやすくなります。

家族4名、夫はベンツ、妻はアウディ、子供は私立、、服はブランド、、、これでは1000万程度ではおろか、年収2000万円でもあっという間に無くなり、おそらく貯金ゼロの暮らしになるはずです。

見栄でお金を使い出すと、キリがなく、もっとも貧乏な体を表してしまうわけです。なので、年収1000万円から2000万円程度が、もっとも貧乏になりやすいという私の判断です。

しかし、人はそうは思わないらしく、そこにあこがれるのです。物の価値に憧れること自体を本当は貧乏と言いたいのですが、ひがみだと思われたくないので言いませんが、決してうらやむべきものでないと感じます。
いくら使っても問題ないほどのおお金持ちになれば、ではあらゆる問題はないのでしょうか、、、金持ち+権力持ちの段階がそれです。

これも実は非常に危険です。権力持ちは自分は偉い、、お前とは違う、、、を前提にしていますので、フリーエネルギーの法則から言って、とても危ない危険地帯に入り込みます。

自他をことさら分け、自分の優秀性に頼んだ人が、幸福に生涯を終えることはまれです。今の国会でも登場人物は皆エリートばかり。この中から救われて行くのは、自分も庶民も何も変わらないという地点に立てた人から救われて行くはずで、あくまで私はみんなとは違う、、、の優越意識を持ち続ければ最後は悲惨なことになるでしょう。

麻生さんも安倍さんもあそこまで追いつめられると、最後の逃げ場は権力の中にはないはずです。あるとしたら、妻をかばって人生を棒に振ってしまったけど、それもでいいさ、、、お前がいてくれれば、、、の思いが、もし安倍さんから出てきたとしたら、これは大逆転になりますが、まずそうならないでしょうね。しかし幸運の落ちどころはそこにしかないはずなのです。人生観の伴わない権力など、何の意味ももたない、、、ということなのです。

結局、お金をもっても、権力を持っても、救われないケースはたくさんあるわけで、人生観がなければ、いつかはきっと不幸になります。高級老人ホームほどつまらないところはない、、、という話しを聞いたことがあります。完全個室、一流料理、よそいきなムード、お互いに触れ合わない暮らし、、、、確かに楽しいわけはありません。

安い老人ホームにも悲惨な問題はあるかもしれませんが、少なくとも、周囲との人間関係は良い意味でも悪い意味でも濃密になりやすいのは確かでしょう。生きがいも見つけやすくなりますし、ごまかさないで生きねばならない可能性は高くなりますので、老後が楽しくなるチャンスは出てきます。苦しくなる可能性もありますが。自身の問題にきちんとぶつかれるという意味で、貧乏は不幸とは言えません。良いきっかけになる場合が多いのです。

次に健康持ちはどうでしょう。健康のありがたさは、言うまでもありません。全財産を捨ててでも病気を治したいと思う人がいても当然だと思います。

健康というハードルは実はけっこう高いもので、どこかに不自然な生き方や不自然な考え方があると、高度な健康を維持できないためです。どんなお金持ちでも健康が悪ければ、楽しいわけはなく、人生を呪いたい気持ちになることでしょう。お金よりも健康が上であることは確かだと思います。となると、とくに病気もなく、痛いところもなく、何を食べてもおいしい、、、という多くの人は、病人の大金持ち以上の幸福段階にあると言えるわけです。
まず、健康な人は、いたずらにお金や権力に目を向ける前に、今ある健康な自分の価値を最大限に高く評価し、喜んであげなくてはいけないと思います。

そして、病気がちであったり、体が弱くて困っている人は、お金や権力などに関心を寄せる前に、本気で健康になろうとの人生観を持った方がベターな気がします。

年収三億円を目指しても達成可能かどうかはわかりませんが、三年以内に今よりもずっと健康になる、、、その方が価値が高い、、、と思うことが重要なのです。そして健康になったあかつきには、自分は年収三億を三年、すなわち9億円以上の稼ぎを得たんだ、、、と思っても良いくらいでしょう。健康にはそれほどの価値がありますし、そして、実現は可能な部分が大きいのです。

いま、世の中が混乱し、その混乱の度合は今後さらに増すと思われます。そんな不安定な社会の中で、安定した人生を送る基本は健康にあります。それだけ価値あるものを、つまらない仕事や見栄での活動に置き換えたとしたら、幸福であるわけがないともいえるのです。まずは、健康持ちを目指すのがとりあえず正解であるように思います。

健康を取り戻すことは、三年で10億円得た以上の価値があるという視点で考えれば、仕事をするのも、結構気が楽になってくると思います。自分を大切にする、、、ということには、色々な意味があると思いますが、健康を例に考えれば、簡単に自分を大切にするとは何かがわかるでしょう。健康になることなのです。

体を壊してまでやる仕事など、生きがい以外ではないはずです。
体を壊してまでやる無理は、生きがい以外ではないはずです。

生きがいはでは例外なのか、、、そうではなく、生きがいに沿ってやれば、体を壊すことなどほとんどないからです。生きがい持ちはその意味で、お金持ちと健康持ちを超えた生き方となります。ただし、本当の生きがいでなければ体も壊し、お金も失うでしょう。嘘には力はありません。

あらためて健康回復! この目的が今ほど重要な時代はなかった気がします。

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意識という圧 2018年05月21日(月)

意識という圧

何等かのものに圧がかかれば、そのものには変化が生じます。圧が生じない限りすべてのものは変化しません。

変化とはギャップです。圧がかかれば必ず、何等かのギャップが生じます。

そして、ギャップが生じれば、それを元に戻そうとして無からエネルギーがやってきます。宇宙はすべての変化に対して反応し、それを元に戻そうとするのです。そして、元に戻そうとする力が、本当のエネルギーです。

これが唯一の原理ですので、すべての事柄、すべての物に豊富なエネルギーをもたらすためには、常に圧をかけてギャップをつくり、変化させること以外にありません。

ギャップがかかれば、そこにはエネルギーが入るわけです。

圧には、順番があります。物理的な圧から微細な圧まで色々です。

順番に言うと、圧には、力圧、水圧、温圧、風圧、音圧、光圧、電圧、などがあります。
力圧とは、重さや重力による圧です。地球が汚れてエネルギーが少なくなると、地球は風を起こし、雨を降らせ、台風を起こし、海を荒げて大きなギャップを作ります。ギャップができれば、必ず、それを元に戻そうとする力を呼び込めるからです。

台風が過ぎ去ったあとの町や村はピカピカに輝いています。エネルギーが充満しているものは、輝いてきれいになります。私のお店にいらっしゃった方は、お客様が宝飾品をお持ちの場合、よく実験台になっていただきます。指輪や時計などの宝飾品をお皿に乗せ、お客様と私とで、一緒に528Hzチューナーの音を宝飾品に聞かせます。

2分もすると、皿の上の宝飾品は段々と輝き出し、5分も続けたら、まったく別物になってしまうので、皆さま、驚かれます。宝石の研磨は大変な作業のようですが、最後に528Hzチューナーをかければ、あっと驚くことになるのに、、、と思っていまいます。

エネルギーが満ちたものは、光出し、輝いてくるのです。自然界の動物の毛皮は皆ピカピカしています。一度もお風呂に入らないのに、決して汚れないのです。エネルギーに満ちた動物はお風呂に入らなくてもピカピカでいられます。

野生の犬を昔、飼ったことがありますが、最後までお風呂には入ろうとせず、決して洗わせませんでした。でも、いつもピカピカに輝いていました。いやな匂いもありませんでした。

飼い犬の場合、お風呂がどうしても習慣になってしまい、お風呂に入らないと汚れてきます。人間と同じように暮らす犬には、恵まれている面がある一方で、エネルギー的には自然でないので、エネルギー不足に陥り、毛皮も汚れやすくなるわけです。

汚れとは、動物でも人間でも宝石でも、原因はたった一つで、エネルギー不足なのです。エネルギーが不足したものは汚れ、エネルギーが満ちれば、輝いていくのです。

そして、エネルギーを満たすためには、圧が必要です。ギャップが作られれば、エネルギーが取り込めるからです。

地球にやさしく、、、というスローガンがありますが、地球はイザとなれば、大地ひっくり返して大掃除をするでしょう。大地ひっくり返ることは、実際にあったと思います。一夜にして大陸が没し、一夜にして大陸が上昇する、、、地球のエネルギーの補充方法があるのです。

大地を汚せば、最後は地球もそうせざるを得ないわけです。エネルギーを取り込むためです。

このように、重力による圧は、風、水、大地、などを動かせば、エネルギー補充ができるわけです。人間の体で言えば、体を動かせば体に様々なギャップが生じますので、エネルギーが入るわけです。

ですので、体を動かしたから疲れるというのは嘘で、体を動かさないから疲れることになるはずです。

しかし、実際には体を動かせば、確かに疲れたようになります。しかし、体は車と同じく物ですから、本当は疲れるはずがないはずなのです。ただ、私たちには意識が伴いますので、体意識になるに従い、疲労感が出てきます。疲れるという肉体信仰がもたらす疲労神話が優先されてしまうのです。

もし、道に無尽蔵に一万円札が落ちていて、いくらでも拾っていい、、、、となったら、ほとんどの人が疲れ知らずで拾い続けると思います。実際に疲労を感じないはずです。しかし、何時間もそれを続け行くと、段々と疲れていく人が出てきます。それは、とんでもないお金持ちや、死にそうな人や、生きる希望などない人、体の不調の方をお金よりも重視する人などでしょう。
とんでもないお金持ちは、すでに豊富にお金があるため、拾ったところで大したことない、、、となれば、疲れをすぐに感じるでしょう。

死にそうな人や生きる希望のない人も、お金を拾ったからと言って、人生の問題が解決するわけではないので、すぐに疲れるでしょう。

体が悪い人も、お金を得るメリットより、体を壊す不安の方が大きくなったとたんに、疲れを言い出すと思います。

要するに、意識の圧がもっとも強いためです。重力の圧は非常にわかりやすいものがあります。重力をかければ、必ず、反作用が起こります。反作用の力こそエネルギーです。ですので、重力の圧がかかっているところには、常にエネルギーが補充されているわけです。

人は立っているだけで、重力とその反作用を受けますので、エネルギーが入ります。動けばさらに複雑な圧が体全体にかかりますので、全身にエネルギーを受け止めることができます。

しかし、わかりやすい重力の圧よりも、意識の圧の方が強いのです。重力圧より意識圧の方が大きな反作用エネルギーを生み出します。なぜなら、すべてのものは意識圧によって作られているので、意識圧が優先されるのです。

イエスは、わずかでも信仰があるなら、あの山に動け、と言えば、そうなるだろう、、、と言いました。飯島先生も、まったく同じことを言われたのを覚えています。おそらく飯島先生は聖書のお話しを意識せずにそのことをお話しされましたので、きっと聖書のイエスの言葉を知らずに、ご自身同じことを語ったのだと思います。

と言って、じゃ意識圧で山を動かしてみろ、、、と言われると困るのですが、本当にそう思われる方なら、必ず、できるという以外にありません。

山よ動け、、と思っても、さらに深い意識で、無理だろうなあ、、、とおもっていたらできないわけです。ただし、私たちは死ねば肉体から一応離れますので、意識圧そのものとなり、山よ、、、と思った瞬間に山がそこにあるはずです。

なので、この世においても、自分は肉体なのか、、、それとも意識が自分なのか、、、と常に問い続ける姿勢が大切になります。意識圧が本当の自分の行う行為であると思えれば、生き方も表現も結果も変わって行くことになるでしょう。
お金がなくなる、、、、無一文になってしまった、、、あったものがなくなる無と、すべてを生み出す無とがあります。

お金を無くした方は、そのどちらでも選択できるのです。かつて、投資の失敗によってすべてを失ったお金持ちの知人がいました。気の毒に思ったものの、基本、他人ごとで考える余裕が私にはありましたので、それはむしろチャンスではないかと感じたのです。

そして、おそらく、近々、必ず、将来を見通す良いことや、可能性ある出来事が起こるよ、、、それに乗れば、失ったお金の何倍もきっと取り戻せるよ、、、というような話しをしたわけです。無がチャンスであることを知っているからそう言いました。

しかし知人はショック状態でしたので、私の言葉など聞き入れるはずもなかったのでしょう。まったく関心がないかのようにしていました。しかし、それから一週間して、知人はある懸賞のかかった文章に合格したのです。その報告を聞いたとき、私は「これだ!」と絶対の確信が生じました。知人に「これだよ、、、物書きになれば成功するんだよ」と、私は興奮。しかし、お金のすべてを失った知人は、今さら、、、、と力なく、その芽を閉じてしまいました。

無は無限の入り口なのです。失ったときに、無限に意識が同調すれば、何かが始まるのです。しかし、あったものがなくなる無しかとらえない限り、無は無でしかありません。すべては意識が決めているのです。

というわけで、圧の順番があるのです。見える物の圧も、もちろん重要です。しかし、その圧に意識が伴わない限り、大きな反作用は訪れません。

美容を例にするとわかりやすくなります。
お顔のマッサージ、、、確かにマッサージをすれば、お顔に圧がかかり、ギャップが生じますので、それを元に戻そうとしてお顔にはエネルギーがやってきます。なので、生き生きと艶がよくなったり血行が良くなることは確かです。

しかしですが、では強く圧をかければいいのか、、、となると、強く押しすぎて、反作用の限界を超え、組織を痛めたり、危険ですらあります。

強めのマッサージが流行ったことがありましたが、推奨する先生のお顔を見ると、確かに肌艶は良く、健康そうですが、何か精神性が薄い、つまらない肌をしている、、、さらに良く見ると、どこかに一本、深いしわがある。あのしわにひずみをみんな寄せているんだなあ、、、とわかってしまう。

強いマッサージは表面的な効果であまりおすすめしないのは、そのためです。強いマッサージには、微細な意識圧が伴うことがないので、効果は薄いのです。

微細な圧、、、物理圧を意識圧の方向にもっていく必要が美容においても重要なのです。

わかりやすく具体的に言いますと、眠っている愛する猫を起こさないようにやさしくなでる、、、、

お顔を触る際に、そのような意識を伴って触られることを、10分も続けてみてください。一夜にしてあなたのお顔は変わります。エネルギーが満ちるからです。マッサージを目的にせず、やさしく起こさないように愛する猫をなでる、という意識をお肌に向けることで、意識圧がかかるのです。

意識圧美容と物理圧美容の違いは大きいです。実際に簡単に試せますので、ぜひ行ってください。

お顔、足、手、おなか、、、とすべてに共通です。意識圧によるマッサージ、、、マッサージ部分は儀式のようなものであり、大切なのは、微細な意識をお肌に向けることです。

奇跡が起こせますので、今夜ぜひ試してください。手で行うのが面倒な方はぜひ528Hzチューナーをお使いください。微細な振動圧に意識圧が伴うことで、何がどう変化するのか、、、

愛する猫を起こさないような気持ちでチューナーを鳴らし、その微細な音でお肌をなでるのです。音は小さくてかまいません。意識+音の美容です。

もっともっと、、、最高のものは何、、、、絶対に、、、何としてでも、、、という意識で自分を実は小さくしていた私たち、、、、微細な圧をかけ続けることで、人生を変えてください。

 

エネルギーから見た歴史の流れとこれから 2018年05月15日(火)

エネルギーから見た歴史の流れとこれから

今、世界で起きていることは大きな流れの変化です。世界にある大きな構造的な火種は二つありました。ご存じのように、朝鮮半島が南北に分断されていることと、中東のイスラエルです。どちらもある思惑によって比較的最近建国された国家です。

この二つの火種が、決着を求めて動き出しました。火種の存在を許していた力に変化が生じたためです。その力とは、都合による国家を作り、既存の国家の裏側からおいしいところを搾取してきた力と言っても良いでしょう。

このうち、朝鮮半島は非常に複雑な構図をしていると思います。現在、南北間は戦争状態が続いているとの解釈でした。今は急に雪解けとなり、南北一体となる終戦時をお互いに求め始めています。平和への動きです。

しかし、なんで南北は分かれて争うことになったのでしょうか。米ソの代理戦争の考えもあり、その面は確かに大きいですが、さらに中国、ソ連、日本が絡む複雑な力学が働いていたと思うのです。

とくに日本がどう絡んでいたのかですが、元々、日本は半島を支配していた歴史があり、南北問題の当事者そのものと言えます。日本は敗戦となり、その後の南北戦争には直接は関係していませんが、北朝鮮におけるその存在の力学の原点にあるのが、実は日本です。

北朝鮮が成立する過程において、またその存在を許す力がロシア(ソ連)、中国にあり、資本主義アメリカとの対立過程において必要とされた面もあったと思います。

では、北朝鮮はソ連、今ではロシアですが、それと一体でしょうか。また、中国と北朝鮮は一体でしょうか。そう見える面もあることは事実ですが、北が歩んだ道は、実はそれだけではなく、むしろそれは一面の姿であったと思われます。

北朝鮮を作った根本には、実は日本があったという考えがあります。日本の敗戦を悟った陸軍の一部には戦後もその目的を完遂するという独特の思想があり、そうした中野学校出の影響を受けた人たちによって作られたというのです。

畑中里という具体的な名前を上げる人もいますが、私にはよくわかりません。しかし、北朝鮮が行ってきたことを冷静に見ると、反米で一貫していたことは事実です。日本陸軍の意志を継ぐ者が、北において姿を変えて反米を貫き、今なを、日本陸軍の戦争を遂行している、、、という考えです、

そして、ついに半島からアメリカを追い出し、アジアから白人の勢力を追い返したという、大日本帝国が抱いていた目的を達成させたことになったというのです。この考えに沿えば、日本の抱いていた真のアジア解放の目的は達成され、先の大戦の本当の勝利者は日本ということになります。

なぜ、このような劇画じみた考えがあるのかというと、陸軍中野学校の存在を抜きに語れません。先日の藤原直哉先生のお話しの中に、この中野学校のお話しがあり、それに刺激を受けたため、前々から持っていたい私なりの歴史観と、エネルギーから見た歴史との観点から、中野学校と今回の南北融和について考えてみたいと思った次第です。

陸軍中野学校というのは、一般的にはスパイ養成所と言われていますが、様々な特殊任務を学ぶ学校でした。軍服のない学校で、表向きの態度はどうでもよく、本心のみが大切であるとの観点にそもそも立っています。

大きな歴史の流れの中では、人も変わる、情勢も変わる、国家の力学も変わっていく、、、それらを当然のこととし、表面的な歴史の流れに埋もれることなく、唯一の目的の達成のためだけに身をささげるということを学ぶ学校でした。

では、当時の日本が抱いた唯一の目的とは何だったのでしょう。アジアから白人を追い出すことでした。中野学校出身者は戦争が終えた後も、インドに残り、インドネシアに残り、それぞれの場所で、独立運動に携わったと言います。

インドの軍服でもいい、インドネシアの軍服でもいい、最大の目的は、米英ヨーロッパをアジア支配から追い出すことにあるという、その目的一点のために戦後も戦ったのですから、中野魂を発揮したことになります。

フィリピンで発見された小野田少尉がいましたが、ジャングルに日本兵がいるということはかなり前からわかっていましたが、どんな呼びかけにも絶対に応じませんでした。中野出身の小野田少尉は、一人になっても、ジャングルで実は戦っていたわけです。戦争が終えたことはもちろん知っていましたし、日本が敗戦になったことも重々承知していました。

しかし、小野田少尉の戦争はそんなことでは終えなかったのです。むしろ、敗戦後でも、本当の目的達成のために、いつの日かを夢見て、戦っていたというすさまじい話しでもあったのです。

高齢の母親のマイクロフォンでの呼びかけにも応じることがなかった小野田少尉が、ついに下山した背景には、元上司だった人の呼びかけがありました。

任務を解く、、、との上司の呼びかけによって、はじめて小野田少尉はフィリピン山中から下山し、日本に戻ったのです。凄まじい中野魂そのものでした。

さて、北朝鮮でも同様の出来事が起きていたはずです。畑中里を中心とする中野勢力は、姿を変え、形を変え、国を変えて、本来の目的達成のための戦争を続けていたというのは、小野田少尉を見れば、絵空事とは言えないものを感じます。

そして、70年以上の月日がたち、本当に半島からアメリカ軍が撤退するという条件によって、北は和解を承諾したのです。実際にアメリカ軍を半島から追い出す、、、アジアから追い出す、、、ことに成功したのは、まさに中野学校の卒業生の目的そのものの達成であり、日本が実は先の大戦に最終的に勝利したことになるとも見えるわけです。

もちろん、中野学校出の人の考え方だとそうなるのですが、アメリカ撤退は事実であり、太平洋戦争の勝利者がかつての日本であるという歴史観が出て来てもおかしくないことになったわけです。

そんなこと言っても、まだ本当の日本、今の日本には、アメリカの基地があるし、なんだかんだ言っても、歴代の総理も政治も、すべてアメリカ様に向けた政策のオンパレードだったじゃない、、、との考えもその通りです。

これを中野学校的に解釈すると、下記のようになります。
本当の日本の目的は、北によって達成された。一方、本国であるかつての日本は、アメリカの傀儡国家としてその存在を許されただけの国である。しかし、それでも、半島からアメリカ軍を追い出せば、その後の地政的力学は変わるので、日本の傀儡国家化もいずれ終焉に向かうだろう、、、と考えるはずです。

今の日本は、アメリカの傀儡国家である、、、。確かにそう言われてみれば、これまでのおかしなことのつじつまがほとんど解けていきます。中野出身者からみれば、一目瞭然でまさにそういうことだったのだと思います。

となると、半島情勢が変化することは、いずれ本国日本にもその影響は当然及びます。まず、傀儡国家日本からの脱出です。傀儡政権はストップし、本来の政権にバトンタッチすることが次に起きてくるでしょう。

これらの内容については、かなりの反感を抱かれたり、驚かれたり、受け入れられないと思う人があると思いますが、あくまで、中野学校と北との関連から考えたひとつの可能性としてお読みください。ただし、結果はその通りだったのですから、中野の思惑は達成寸前にあると言ってよいでしょう。もちろん偶然かもしれませんが。

次に話しをもう一つの火種である、中東に移したいと思います。
イスラエル建国の歴史はわりとはっきりしていますので、裏に何があったかは知りませんが、シオニズムによって、本来の約束の地に戻り、聖書予言を完遂したいとの願いからイスラエルは建国されました。

しかし、そこにはすでにパレスチナ人が住んでいたのですから、争いが起こるのは当然です。当初の入植時には、けっこう仲良くパレスチナ人との住み分けができていたということでしたが、建国になると話しは別で、一斉にパレスチナ側は反発したわけです。人の家にやってきて、ここは自分の家だというようなことです。鎌倉時代に我が家はここにあったのできょうから住みます。と言われても、納得できないのも当然でしょう。

こうしてイスラエルと周辺諸国は何度かの戦争を起こし、今なを、イスラエルはいつ敗れるかもしれない厳しい近況のまま推移しています。

なぜ、こうした無理な建国が許されたかというと、第二次大戦で悲劇にあったユダヤ人に安心できる祖国を、、、との願いに、国際的な同情が沸き起こったのと、あとは、計算もあったのです。アメリカを裏から支配する勢力は、イスラエルの危機を理由にアメリカのお金を使う構図をつくりました。

歴代の大統領やイスラエルのロビー活動により、利得を得ている議員は多く、アメリカをイスラエルのために使う構図があったと言ってもよいでしょう。もっと言えば、アメリカをイスラエルの傀儡国家化することに成功してきたのです。
クリントン女史はその代表とも言える存在でしたが、それではアメリカの国益は棄損し、人々の生活は苦しくなっていきます。

日本の上層部はアメリカの傀儡国家となることで結果的に国民を裏切ってきましたので、日本人は働いても働いても貧しくなるのが、この20年の特徴だったと思います。日本がアメリカの傀儡国であった結果と言っても間違いではないと思います。

一方のアメリカは、逆にイスラエルの傀儡国家としての機能を持たされ、アメリカ人も貧しくなっていきました。しかし、クリントン女史にトランプ氏が勝利したことで、この構図に変化があらわれたのです。

アメリカファーストの意味の第一番には、口には出さないもののイスラエルの傀儡部分からの脱却があったと思います。

そんなことはない、、、トランプはエルサレム大使館移転に同意したと思われるという人が多いと思いますが、本日の式典においても、パレスチナ、イスラエルの平和という言葉を使い、一方的にイスラエルを支持した言い方ではありませんでした。

イスラエル包囲網が強化された時点での、エルサレム移転の発言は、実は火に油を注ぐものでした。トランプ氏はそれをわかっていて、アメリカはイスラエルを支持するものの、もうお金は出しません。あとは自由にやってください、の表明をしたわけです。

こうしてアメリカを頼ることができなくなったイスラエルは、これからどうやっていくかを、孤独な中で考えざるを得ないわけで、破れかぶれの戦乱となるか、もしくは、完全敗北の許しを乞うことで自国を小さくまとめていくか、、それとも、第二の故郷を求めるシオニズムが新たに作られ、他の居場所へと移るかしかなくなります。

このうち、イスラエルが破れかぶれの戦乱を選んだ場合、世界はハルマゲドンに突き進む危険があります。この可能性は決して低くありません。

このようにして、極東は平和裏に進み、中東ではハルマゲドンの危機、もしくはイスラエル解体となる移転の方向の二つに一つとなったわけです。一時的な仲介などによって一瞬の平和は中東においても達成される可能性はまだありますが、根本の問題解決を迫る時代なので、やはり上記した二つしか道は残されていない現状だと思います。

今、世界で起きているこうした二つの火種の行く末をエネルギー的に見てみると、割とすんなり答えが出てくると思います。推測の原理は簡単です。きちんとした意識を持つものしか生き残れないのです。国も人も同じです。

エネルギーは無からしか訪れません。無とは物理的なものではなく、より物理的な性質が少ないことの方が、本当の動機になり得るのです。

本当の動機、、、すなわち、意識の方向性です。

まず、極東から見ますと、北には、中野の生き残りの意識が根の部分にあることは私は確実だと思います。中野の生き残りは、すでに死んではいますが、その思想や信念、要するに意識は残り、何等かの形で受け継がれていったのだと思います。

アメリカが半島から手を引く、、、、ということが、北の和平の条件としてもっとも重要だったのですから、中野学校の意志がまさに達成されたのです。


意識というもっとも物理的には小さな圧が、もっとも大きな出来事をもたらします。なので、私たちが住む日本は、アメリカ傀儡化としての数十年を過ごしましたので、嘘と本当の境目がわからない状態となり、強い意識を持つに至れません。なので、北の意識と日本の意識とでは、今では雲泥の違いがあります。このことがよくわかるのは、北の軍隊の覇気や態度や行動をみれば、世界一の軍隊であることがわかると思います。

あんなにすごい態度を作れるのは、唯一、日本帝国軍人だけだったはず。似ているのです。大日本帝国は大戦で敗れましたが、意志を継いだ中野が、国も姿も態度も変えて、その目的を果たした。そう受け取ることはおそらく誰もしないと思いますが、中野の意志はそれでいいのです。見えないものにしか力はないということを教えた中野学校は、エネルギー的に見ても正しかったことになります。

なので、これからは、日本の米国傀儡国家化は終焉し、次にどうなっていくかは自由ですが、半島、ロシアを交えた巨大極東経済圏を作ることで、本来の目的を達成させる意識が芽生えることができれば、必ずそれは成功するでしょう。

しかし、このまま日本が目覚めることがなければ、どうなるかはわかりません。何がいいかは私には判断できませんが、アメリカの傀儡国家化は自動的にもうすぐ終わるはずです。なので、色々な問題が起きているわけです。

結局、意識だけが現実を作るのです。どんな大国でもそれを支える意識が途絶えたら、必ず、滅びます。エネルギーの法則上、仕方ないのです。アメリカを支える意識は今あるでしょうか、、、ないと思いますので、これから、崩壊への大混乱がはじまると思います。

中国に大国を支える強い意識はあるでしょうか。ないと思います。あまりに拝金主義がすすみ、すべてを犯しきっていますので、いずれ崩壊現象が起きてきます。革命時代の申し子の意識も、文化大革命で数千万人のまともだった人たちを殺してしまいましたので、二度と革命意識に戻れるはずがないのです。その後は拝金主義。エネルギー的にはもろ終えていくパターンに入っています。

傀儡化が進んだ日本はどうでしょう。今だけ金だけ自分だけ、、、の主義がはびこり、日本を支える強い意識は見当たりません。神国日本の復活という勇ましい動きが常にあり、安倍政権をさせえる力にもなっているようにも見受けられますが、本当の日本魂であるかは、疑問です。中野が持つ意識と同列にはとうてい並ばないインチキな愛国心に私には見えます。半島や中国との感情的摩擦をわざと起こすような勢力は、中野とは違い、トランプ以前のアメリカ傀儡国家の証しに見えます。

ロシアはどうでしょうか。ロシアはソ連崩壊後、アメリカの資本家によって良いように扱われました。怒ったプーチンが彼らを追い出し、傀儡化される危機の中、どうにか自分たちの国を作りましたので、とりあえず、ロシア魂の意識は温存されています。

ただ、ロシアの問題点は革命時とソ連時代の業にあると思います。革命時にロマノフ王朝を倒したのは良いとしても、その後、革命派は悪魔性を出し、象徴である王家の人々へひどい扱いをして殺しました。その無慈悲な流れはソ連に受け継がれ、スターリンにより多くの死者を出しました。

ソ連に巣食う意識は悪の意識でしたので、その反省と新たな意識改革の途中であると思われます。プーチンが次なる新たな意識を表明できるかどうかですが、それがうまく行けば、次の繁栄はロシアとなるでしょう。

ユーロはどうでしょうか。ユーロを支える統一の意識形成に失敗感が出てきています。現実はユーロ解体の方向に進んでいますので、統一意識の形成はできなかったことになります。

素晴らしい吟遊詩人でも出てきて、ギリシャから始まり、エウロパが逃げ回った大地への夢と憧れ、ヨーロッパの大地をいとしいと思わせる意識を形成できるかどうかにかかっているのですが、果たしてどうなるでしょう。

ユーロの中心であるドイツはメルケル首相がまだ率いていますが、彼女を支えるドイツ魂にはおそらく強いものがあるでしょう。彼女には、最悪の事態になったとしても、最後は必ず救われるというラストパタリオンの思いがきっとありますが、それはユーロというよりも、あくまでゲルマン魂でしょう。彼女にはユーロ全体の幸福につながる絵を作ることはできないと思うので、もう一歩の努力が必要かもしれません。

そして日本はどうでしょう。私は日本の若い人に期待しています。彼らには、悪い意味での自我が少ないのです。団塊の世代のおじさんが、人生金ではない、、、と言ってもなんだか裏がある、、、という気持ちが起こりますが、今の若い人がお金じゃないんです、、、、と言ったら、本当のその通りだと信じられます。

子供のころから、まるで王侯貴族のように満たされて育った、人類初めての子供たち、、、日本の若者の感性はこれまでにないレベルに達していることでしょう。しかも地球はまさに感性の時代に入っていくのです。

自分を捨てて本義に生きることを命がけで教わった中野の卒業生。彼らは、いたるところで戦い、散っていきました。今の日本を見て、おそらく、彼らが期待を寄せるものは、今の企業家でもない、政治家でもない、金に目がくらんだ一般大衆でもない、、、息苦しい制度にしいたげられながらも、潔く、美しい感性を磨いた若い世代を置いてないと思うのです。

こうして、歴史は、本当は見えない、小さくても本物の意識によって作られていくのだと思います。どんなに大きなものも、そこに命が吹き込まれなくなったら、その物は崩壊して消えていきます。物も人も国も同じです。どんなに小さくとも、輝く意識がそこにあれば、それは大きな未来を必ず創造するのです。

これがエネルギーの法則であり、作用に対して必ず反作用が起こります。作用の内、もっとも大いなる作用が、意識だからです。
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祈りが必要 2018年05月11日(金)

祈りが必要

中東情勢が緊迫しています。極東と同じように何も起こらない、、、という人もいますが、私は極東とは違って、かなりの危機的状況が考えられると思っています。

シリアに向けてイスラエルが攻撃を開始、その規模はまだ小さくても、シリアのバックにはイラン、そしてロシアがついています。先日、プーチンと会談したネタニヤフ首相は何を取り違えたか、ロシアはイスラエルのシリア攻撃について一定の理解を示したと解釈した可能性があります。

シリアにいるロシア軍に攻撃を向けるな、、、というプーチンの考えを、限定的な攻撃ならオーケーと受け取ったのかもしれません。

イスラエルは窮地に追い込まれています。イスラエルからしたらアメリカも当てにならない、プーチンの考えも希望的観測、安倍首相の表面的な対応にも怒りを持ったはずです。安倍氏の月並みで力ない話しの内容と、中東諸国にもいい顔を向けようとする安倍氏に「うちはそれどころじゃないんだよ」という思いが例の靴デザート事件だったのでしょう。

中東が本当の危機に陥っていることを理解している人は日本では少ないと思います。せいざい原油が上がっている、、、程度の反応。

今、世界で起きていることは、国民国家、近代になって成立した近代国家の解体、崩壊の嵐です。近代国家存続の基盤が地割れを起こし、変化を余儀なくさせているのです。

日本は古い国ですから、基本はそうではありませんが、明治からの日本は解体、崩壊の道に入っていくと思います。薩長が作った明治日本の解体時に、奇しくも薩長の安倍氏、麻生氏が出てくること自体が歴史の不思議です。

これまでの近代の矛盾が崩れていく流れの中で、該当する国家は対応を迫られているわけです。極東の矛盾は平和による解決に向き始め、中東の矛盾は決着の方向に向き始めているのです。なので、これまでの危機とは異なる、根本での変化のあらわれですので、ここは
慎重に目を向けねばならない場面です。

中東は決着の方向に進んでいますので、国家崩壊の危機に瀕したイスラエルのやぶれかぶれがあり得る状況なのです。トランプは巧みにイスラエル孤児化を結果的に導いたように見えるし、プーチンは当然反イスラエル。イスラエルは孤立しています。
これから起こることは、決着ですから、イスラエルと深い関係にある国家も決着を求める流れを止めることはできません。もちろん、プーチンもトランプも核戦争を望んでなどないはずですが、決着は望んでいるため、答えはイスラエルがどう出るかにかかっていることになります。

破れかぶれの核戦争か、もしくは平和か、です。イスラエルが完全平和路線をとれば、世界の対応は変わるはずですが、ネタニヤフ路線はこれと違って強硬です。なので、本当に今、危機があるのです。これまでのような単なる駆け引きの状況ではありません。

土星と天王星の緊張が戦争を示す星の配置ですが、土星はやぎ座にあり、天王星はおひつじ座からおうし座に移行。これにより、かろうじて土星、天王星がもたらす危機は回避される可能性が星の上では見られます。

しかし土星はやぎ座で冥王星に接近中。長年の領土問題には劇的な決着が起こることも考えられます。

考えられるケースでは、シリア、イスラエルの交戦はイランの参加を生みますので、中東は大危機直前の、核使用の戦争へ発展するところまで行く可能性が高いかもしれません。しかし、そうなるとこれはハルマゲドンですので、星の上では土星と天王星がかろうじて戦火の拡大を抑える形にでるはずです。

イスラエルが交戦を中止するとしたら、ネタニヤフ首相の失脚しかありません。その上での和平模索の動きとなるかです。イスラエルの強硬路線の核には、主の日を待望する信仰があると思います。ネタニヤフ氏の失脚が遅れるようなら、中東はハルマゲドンの危機があると思います。

ネタニヤフ氏を押す背景には、シオニストによる終末思想がありますので、よほどのことがない限り問題解決は期待できないのですが、もし今のイスラエルが本当に蜜と乳香のあふれる約束の地であるかどうかは、疑問という考えもあります。

今の砂漠の中ではなく、本当の蜜と乳香のあふれる地を求めてイスラエルの民が動きだすようなことが起これば、また新たな展開が示されるかもしれません。安倍氏はまさかそんな話しをしにネタニヤフ氏に会いに行ったのでしょうか。安倍氏の薄っぺらな話しでは語り尽くせない内容ですので、ネタニヤフ氏は深い怒りを靴のデザートで表現したのかもしれません。

安倍氏は最近、杉原千畝館に足を運んでいますので、何等かの考えがあるかもしれませんが、千畝という字が読めないレベルでしたので、おそらく仲間内の薄っぺらい歴史観に乗って、中東危機の打開策を話した程度だったと思います。

とはいえ、イスラエルの民が行く場所が必要な段階に来ている可能性はあると思います。断固として現在のイスラエルを死守するのか、それとも、本当の蜜と乳香のあふれる地を再び探しに出るのか、、、その選択肢もあるように思うのです。

ふぐ計画と言って、日本は昔からユダヤ国家のありようについて、不思議な縁があったのも確かです。ハルマゲドンになるのなら、再びふぐ計画が必要となり、ハルマゲドンを防ぐ意味が出てくることもあるでしょう。

今後のことを考えるのも大切ですが、とにかく、今、大きな危機にある中東ですので、世界の人々の平和への祈りがどうしても必要だと思います。祈りのようなものでなければ、解決できない高度なレベルの問題でもあると思うのです。

中東の民とイスラエルの民と、世界の民の平和を願う祈りが、今ほど必要な時はありません。私もとくに平和を祈ったことはありませんが、それではいけないのだと思いました。

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本当は知っている 2018年05月10日(木)

意識が自分か肉体が自分か、、、意識が自分であるとわかることが悟りですと、飯島先生から伺った。先生は常々、自分は意識であると認識するようにし、その時間が多くなることが大切と語ってくれました。

人は表面的なものをつい本物と勘違いしてしまうので、自分が意識であるとの気づきは日常からは遠ざかりやすくなります。

自分が意識である、、、と気づくことの重要性は何かというと、すべての現実は意識によって作られるからであり、意識が無くなれば気絶で自分は動くことすらできなくなります。すべては、意識が作っています。

無からしかエネルギーは来ない、、、というのと、意識からしかエネルギーは来ないは、同じ意味です。意識は物量のない、測定できないが実在する働きです。

さて、このすべてである意識ですが、これには、実は名前もないし、自分の意識の持ち主は自分ではありません。自分のことすら、ただ見ている存在。

自分がどんなになろうが、動揺することなく、ただじっと見つめている存在としての意識。そこには、名前がないのです。自分のもののように見えて、自分のものではない存在。自分に縛られない存在としての意識。

以前のブログでも話したことがあると思いますが、もし、自分が今、死んだら、私の意識と思っている存在は、自分が死んだのを見ている、、、最初は、あれ、私が死んでる、、、と見ている。しかし、私は死んでない。今、こうして見ている、、、というわけです。

本当は生きているときも同じなのです。凄いアスリートになると、神業としか思えないような体の動きをします。鉄棒など⒈ミリでも狂ったら、落下してしまう危険な技です。

肉体を鍛錬すれば、それができる場合があるわけですが、果たして、肉体が慣れてそうなっているのでしょうか。違うのです。意識の表現として肉体を動かしているのです。肉体を同じように鍛えても、それができる人とできない人がいるのは、意識の違いです。

なぜなら、意識が現実を創造するためです。私たちは意識の表現として具現しているに過ぎません。なので、本体は常に意識なのです。そしてその意識には、私は無いのです。

無いというよりも、意識には名前も住所も性別も年齢も関係ない、そうしたものに支配されない目がただ素直に見ているだけ。それを私が持っているということだけです。

しかし、私たちは自身の意識を自分のものだと勘違いしているのです。本当は名前も住所も年齢も年代も国も場所も関係ないのが意識であり、その意識は人にも動物にも、おそらく物にも共通してあるものなのです。

私たちは死んだら肉体がなくなるので、自分の意識という誤解をせずに共通するひとつの意識の世界に戻れるのだと思います。意識がすべてを作るのですから、作られた物には、本当は何の意味もありません。すべては一つの意識の世界に戻るということは、創造のすべて、喜びのすべてと言っても良い世界で、そこでは主語はなくなります。主語がなければ、物もなくなります。物質は肉体も含め、ほとんどが主語だからです。

本当はこの世においても、本質は同じですから、主語はないのです。永遠の表現には、主語はありません。主語があるときに永遠はないからです。わかりにくくなるので、簡単に言いますと、この世でもうまく行き、楽しく、良いことが起こりやすい、、、そんな創造的な状況は、主語から離れた際に表現されるものだということです。

さらに具体的に言えば、私という主語で考えるよりも、私たちという主語で考える方が良いし、うまく行くし、本質的になります。さらに、もっと大きな主語を習慣にしていけば、この世で永遠性を表現できるようになりますので、幸福度はさらにアップするはずです。

満員電車はいやなものです。ついお隣の人が押してくると不快になります。こんな時でも主語を広げて、私たちの電車、凄い混雑ぶりでお互い様でいやなもんですね、、、と、常に私たちで捉えるようにするのです。それだけで、生きる世界が変わってきます。

不幸とは、自他をわけることにあります。なぜなら、意識は共通だからです。共有の唯一の世界が意識なのですから、自他をわければ分けるほど、本当の世界から離れていき、その分、幻想と幻影とまやかしの世界が広がるだけです。

意識が先です。肉体も意識からエネルギーを得て動いているのです。体が億劫な時でも、自分は意識であると思うと、体の億劫さはかなり軽減されます。年齢が行くほど体がつらくなるのは、自分が肉体であるとの意識が増大していくためです。

アスリートの体は意識に沿って動くからあれだけ動けるのです。身体が動いているのではありません。意識の表現として体が動いているのです。意識の動きがなければ、絶対にアスリートのような動きはできません。さらに言えば、アスリートを持ちだすまでもなく、本当は一歩すら動けないのです。

もちろん、病気やケガなどで体を壊し、以降、体が動けなくなるようなケースももちろんあります。そういう人に対して、意識で動けるとはもちろん言うことはできません。

意識と体の関係はそういう水掛け論ではなく、どんな体であっても意識が先でなければ動けないという点です。身体に問題があるという話しとは別なのです。犬や猫が交通事故などにあって、脚などを引きづりながらその後を生きる姿を見ることがあります。確かに動きづらそうにはしていますが、そうした犬や猫でも、一生懸命に動き、動き自体に制限はあるものの、なんら自分の不幸を嘆いているようには見えません。

パラリンピックのすばらしさも、形ではなく、人間の鍛錬の可能性のすばらしさと、意識が動き、それが表現されている美しさにあると思います。健常者以上の美や可能性すら感じさせることがあるのは、選手の意識が素直に見えるためもあると思います。なので心を打つのです。

私たちはどうしても肉体にしばられてはいますが、意識は自由に動き回れます。肉体の制限はあってもその永遠性を表現するところに素晴らしさがあり、スポーツも芸術も日常生活も同様です。意識が先にくる表現には、必ず、美しさと感動や永遠性があります。

深い永遠性の表現を体験すると、私たちは、もう貧乏でも病気でも不幸でも、どうだってかまわない、、、というところまで行き着けます。意識にシフトしているために、自身の中に永遠性が出てくるのです。それは共有であり、安心であり、運命に身を任せる気持ちとなります。

それはエネルギー源を知ったことと同じですから、もう戻ることはありません。その人はどんなに貧乏になっても、不幸になっても、それは単なる貧乏、単なる不幸でしかなく、それ以上ではないのです。なので、不幸と思いつつ、貧乏と思いつつ、幸福なのです。

住まいが、ありかが、自分の居場所が本当はどこにあるかを知っているからです。

今も昔もこれからも、常に見つめているだけの存在があります。それが自分です。その自分には名前もなく、悲しみもなく、怒りもなく、ただ喜びの通り道ではあるのです。喜び以外に本質はないからです。意識はエネルギーであり喜びです。すべての力はそこから来ます。

自分を忘れて眠る、、、自分を忘れて物事に取り組む、、、自分を忘れて、、、の時間が多いほど、活力に満ち、明るくなり、楽しくなります。

自分の損得、、、自分の健康、、自分のお金、、、自分の睡眠、、自分のご飯、、、それはそれでよくわかりますが、原理として、そうした自分の時間が多いほど、疲れ、うまくいかず、不幸になります。

仕方ないことなのです。自分は幻想であり、この世も幻想であり、意識だけが本物の実在だとしたら、そこからしかエネルギーは来ず、あらゆる幻想の物を生かし、永続させる力が意識であるとしたら、それは仕方ないことなのです。

そして意識は共通のところから、唯一のところから出ており、すべてはそれが生んでくれたものであり、どこにも、どの物にも、どの人にも、ある、あるものはそれだけという単純さ。複雑にしているのは、分けるからそう見えているだけであり、みんな同じ喜びなんだ、、、

ただ、それを知らずに悲しいと言っているにすぎず、それを知らずに何かを恨むと言っているにすぎず、、、それを知らずに負けまいとしているに過ぎず、、、

意識が自分、それは共有、、、それを知って生きれば、すべては遊び、、、あとはご勝手に、の楽しい世界が広がるはずなのです。

はずというのは、私だって何も知らないからです。でもきっとそうなんだと思います。

学ばなくても、調べなくても、わかるようになっているものはあるのです。どこかでみんなわかっているから、不幸だとか、貧乏だとか、悔しいとか言って、本当は遊んでいるのだと思います。ただ、そろそろ、違った遊びに変えた方が良いのではないかと、そんな風にもどこかで感じ取っている気がします。飽きてきたから。

A=432Hz 純正律オルゴール の調べをお聞きください。


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432Hz ゴールドチューナー好評です
432Hz純正律オルゴールは5月下旬発売予定(予定価格2万円以下を目指しています)
 

A=432Hz 純正律オルゴール(オルガニート) 2018年05月06日(日)

5月末に発売を予定しているオルゴールがあります。基音のラが432Hzのオルゴール。正しくはオルガニートと言い、穴の開いた厚紙をオルガニート本体に這わせ、自分で演奏する方式です。基音が432Hzで平均律ではない純正律の音階。

他にはない、世界で一つのオルゴール。開発者が私の元に持参されたもので、他の人ではわかってもらえないからとのことでした。

その音を聞いたとたんにとりこになってしまった私。SHOPマドモアゼル・愛に、今置いてあり、いらしてくださったお客様にお聞かせしてきました。きれいな調べなのに途中で「止めてください」と言われるケースも。「これ以上聞くと泣いてしまいそうで、、、」

実際にオルゴール療法では、多くの方が涙を流すということです。音楽はどれも素晴らしいとは思うものの、音階や調べや基音で、どうしてこうも違うのでしょう。ご存知の方も多いと思いますが、432Hzは440Hzと決まるまでの音階の基音でした。その頃は色々な基音があったと思いますが、その中で432Hzはもっとも主力だったのです。

とくにベルディはこの音階を死守しようとしましたし、シュタイナーに至っては、432Hz以外の音階は悪魔の勝利に貢献してしまうと、ことに440Hz基音に大反対をしたことは有名です。今使われている440Hz ですが、432Hz基音に比べると、ずっと明るい音です。実際に聞いてみると耳が慣れてしまっているせいかもしれませんが、そんなに悪い音には聞こえません。この音階でみんな歌を歌い、楽器を演奏してきて、その音楽をいつも聞いていたせいかもしれませんね。

しかし、今回は私も驚きました。ライヤーを演奏されている方はすでに体感しているはずですが、432Hzの音楽と440Hz の音楽を聴き比べてみると、あきらかに違いが出てきます。これは、ほとんどの方が感性で感じられるようです。

432Hzの方がやさしく、いたわりがあり、思いで深く、懐かしいのです。純正律の調べもあり、私自身はもうこの音のとりこになってしまった次第です。チューナーのような本質的なものはオルガニートにはありませんが、音楽の力が加わることで、ひとつの世界を作ってくれます。自分の戻る場所がひとつ増えた思いがします。

しかしなぜ432Hzで何の問題もなかった基音を、アメリカもイギリスもなぜかナチスまで一体となって440Hz 基音にしようとしたのでしょう。不思議でなりませんが、彼らの求める社会にとって、それは絶対に必要不可欠のものだったからだと思います。音で人は支配されてゆくからです。だからこそ神は人体発声の中に重要な周波数をちりばめたのだと思いますが、(18の周波数。432Hzもその中にあります)強制された音による民心の支配は巧妙で効果があるのでしょう。

大体、音について本格的に研究する大学もないのが現状で、商業向けの研究はあるものの、音の本質的研究、周波数の本質的な研究がないのは、本当に不思議な気がします。都市化というのも、実は自然界の豊富な音を閉じ込める音の牢獄として作られたのではないかと、勘繰りたくなります。都市化とは、そこで発生する音を限定し、豊富で自由な音を閉じ込める音の牢獄として機能しているのではないでしょうか。

山道で落ち葉の道を踏みしめると、おそらく、何十枚の落ち葉、、さらに奥深くある一年前の湿った落ち葉などが織りなす、無数の音と倍音の嵐が起こります。一歩歩くたびに、無数の音が足音として聞こえます。さらに風が吹き抜ける林のこずえ、川のせせらぎ、、鳥の鳴き声、羽ばたき、虫の声、、、静けさの中で聞こえてくるあらゆる音は、おそらく無数に近いのです。

一方の都会のアスファルトの上では、音量自体は大きいかもしれませんが、テレビやパソコンの音、クーラーや空調の音、窓越しに聞こえてくる車の音、、、ほとんどが人工音ばかりです。風などの自然音もあるにはありますが、人工音が大きすぎてかき消されてしまいます。

私たちはつい、都会はうるさいと思いがちですが、本当は全く逆で、音が少なすぎるのです。脳はそのためにつまらない処理ばかりさせれていて、とっても疲れているのです。都会は音の牢獄になっています。音からもし、人がエネルギーを得ていたとすると、私たちは牢獄の中で生きていることになります。つらいはずなのです。

その音の牢獄の中で、440Hz 基音とする音の洪水があり、音楽の調べが美しいために気づかづに疲れているのです。432Hzの調べを聞くことで本当にそのことがわかりました。友人や家族と楽しく話しをすることで、私たちはこの都会の砂漠にいても、楽しい時間を持ことができ、エネルギーの再生を果たしてもいます。

それは、神が人の声の周波数の中に重要な周波数を閉じ込めたからに違いありませんが、核家族化、個人主義が会話を少なくしていく中で、人は発声から得るエネルギーを奪われてもいるのです。トーニング、朗読、歌を歌うことの重要性はそこにあります。

そんな思いがあって、432Hzのチューナーを作りましたが、これは大変好評です。さらに昔の自然な音楽、、、音階からエネルギーを得ていた頃の音楽の再現をオルゴールでやってみようと思っています。432Hz純正律のオルガニートは今月末に発売予定でいますが、完全手作りのため、たくさんは作れません。ソルフェジオチューナーの音楽会を定例で行っていますが、その際にオルガニートの演奏も含めた形でご紹介できたらと思っています。

なを、尾山台のSHOPマドモアゼル・愛には置いてありますので、ぜひお聞きください。

432Hz基音の音楽は、聞くことで直観する生き方を生みます。調べて、、学んで、、、見て、、、ではない、音の体験から腹に入る直観があるのです。それを大事に生きたいと思います。

ともかく、お店にいらしてくだされば、私が何曲でも演奏いたしますので、ぜひお聞きください。ただし、突然泣き出さないでくださいね。でもシュタイナーに聞いてもらったら、何と言ったでしょう。聞いてもらいたかった、、、。

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意識の話し 2018年05月02日(水)

久しぶりのブログです。10日ほど前にこれまでで一番長いのでは、、、と思うブログを書いたのですが、書き終える寸前に突然フリーズし、そのまま文章は消えてしまいました。

なんだかそのショックで書くことから遠ざかっていました。消えたブログで何を書いたのか、もう二度と同じ文章はできませんが、内容的には、確か意識について書いたと思います。

意識は、どんな方面からみても、最終のもっとも重要な位置づけにあります。芸術であろうが、宗教であろうが、科学でも医学でも、最後に行き着く課題は意識と言っても良いのです。

確か、その意識について、消えたブログでは、エネルギー面から書いたと思います。あらゆる問題は、エネルギーが不足することから生じ、あらゆる問題の解決は、エネルギーを得ることで収まります。

そうした大切なエネルギーをどのようにして得ればいいのか、、、となるのですが、最終的には意識になるわけです。

食物から私たちはエネルギーを得ているのと違います。確かに食べれば、元気になるケースが多いですが、食べることの副作用が強い場合はエネルギーをむしろ失います。

物には何のエネルギーもない、、、というのがフリーエネルギーの原則です。もちろん、信じる信じないは自由です。ただ、そうでなければ、フリーエネルギー論は成り立ちませんし、ある物からエネルギーを得ている限り、それはフリーエネルギーにはなりません。

物には何の力もない、、エネルギーもない、、、というと、多くの場合、いぶかしがると思います。しかし、事実なので仕方ないのです。なぜ、事実と断言できるかというと、意識の存在があるから、それが言えるのです。

なぜ意識がエネルギーなのか、、、はまた後で語らせていただきますが、物からエネルギーを得ているのではないなら、私たちは何からエネルギーを得ているのでしょう。

それはギャップであり、圧です。圧が解消される際の無と言っても良いでしょう。私は個人的に無からしかエネルギーは来ない、、、という表現を多く使っています。

実際に、無からしかエネルギーは訪れません。物理的に何等かのギャップが生じれば、それを元に戻そうとする力が無からおとずれます。

すべての物が元に戻ろうとする力があり、それがフリーエネルギーです。音を出せば音は消えていきます。空気の振動が音ですが、その空気振動を止めようとする力がやってくるので、音は消えるのです。エネルギーをもたらしながら。

コンクリートのビルが100年も立ち続けられるのは、重力と同等の反作用を大地から受けているからです。その際に重力の拮抗が生じ、建物は常にエネルギーを得ているので、長く持つ、、、と考えるのです。もちろん一般の力学の解釈とは異なります。

食物は体に入ることで、各器官に運動を生じさせます。口は動き、歯はかみ合わせる際に、何十キロの圧をかけ、重力の拮抗をもたらします。歯が丈夫なのは、圧がかかることで、拮抗した無からエネルギーを得ているからです。

食物は食道を通り、胃に入れば、無数のギャップを体は作ります。ギャップができれば、それを元に戻そうとしてエネルギーが入ります。腸に行けば、さらに長い長い道のりを食物は移動し、そこで多くのギャップをこしらえていくので、人は腸からたくさんのエネルギーを得ているのです。

食物にエネルギーがあって、そこから胃や腸がそれを吸収するというのではなく、食物は胃や腸を動かすことで、体にエネルギーを取り込むような触媒として働いているのです。もちろん、医学的な見地ではありません。

人が体を壊すのは、結局、食べ物が体に通る際に招く、様々な副作用によるのです。食物に力があると思っている限り、どうしても、体に必要な要素、カロリー、そして何より、楽しみとしての味わい、、、、などが優先されます。

悪路を走る車は寿命が縮まるのと同じで、体にも負担がかかりやすい食べ物と比較的負担が少ない食べ物があるわけで、人は食物を消化する際の、そして、不自然な運動をする際の副作用で、体を壊したり、寿命を縮めているのかもしれません。

副作用がない形で体にどうすればエネルギーを取り込めるのか、、、、それを私は考えてきました結果、もっとも単純なひとつの結論が導きだされました。

これは、何度も言ってきましたように、単純に体や器官、組織や筋肉をただ、単純に動かすことで、振動させることで、人はかなりのエネルギーを取り込めます。

体を動かせばカロリーを消費するというのが、一般の考えですが、本当にそうでしょうか。むしろ、体を動かすと元気になることが多いですし、また、食べすぎなどでは、体が非常重たくなります。食べてない時の方が、人は大体は元気でいられます。

根本のところで医学も科学も勘違いしてはいないでしょうか。昔、何も食べないのに、長生きしたという仙人の話しがどの国にもあるようですが、食べないから長生きしたのかもしれませんね。

体を動かせば簡単にエネルギーが入ると言いましたが、これも運動のし過ぎでは、器官を組織や筋肉、骨を痛めてしまうでしょう。副作用のない範囲での振動と運動は、間違いなく私たちの体にエネルギーを取り込むように働くのです。

体を動かせば血行が良くなるからとか、筋肉が柔らかくなるから、、、と科学的には言いますが、それは逆ではないでしょうか。動かせばギャップができ、それが元に戻る際にエネルギーが入ります。その結果として、血行が良くなり、筋肉が柔らかになるのではないでしょうか。

無理なストレッチ運動をしない方が、かえって筋肉を柔らかにできる場合があります。筋肉を気持ち良く伸ばして、無理のない地点で拮抗させれば、かなり早く筋肉や組織を柔軟にすることができます。それはエネルギーが入るからです。

ストレッチは通常は拮抗点を超えてしまうため、筋肉が拮抗するゼロポイントではなく、それ以上の負荷がかかってしまいます。エネルギー効率は悪くなるのです。

老人が無理なストレッチや運動で体を痛めやすいのは当然で、無理のない運動から始めましょう、、、と最近では言われます。本当にその通りで、それは無難だからというのではなく、実は、そうしないとエネルギーが入らないからです。若い人でも同じで、ただ、元々の柔軟性が若い人と老人とでは異なるだけで、拮抗点からエネルギーが入るという原理はまったく同じです。若い人も体を酷使しない、拮抗点エネルギーを応用すれば、さらに優秀なスポーツ選手も育つはずです。

大切なことは原理です。同じことをやっても、原理を理解して行っているのと、そうでないものとの間には、大きな違いがあります。

原理を簡単に言うと、ギャップがあればそこにエネルギーが入ります。ギャップを作るのは圧と言っても良いでしょう。どこかに圧がかからなければ、変化は起きません。

圧ができれば、周辺の状態は変化し、ギャップが生じます。ギャップができれば、元にもどす根源力が訪れ、それが本当のエネルギーとなるわけです。

宝石類や金属類、陶器、何でもいいのですが、基本的に光りやすい物質を皿に置き、そこに向かって、チューナー音を浴びせます。最初の1分、2分はあまり変化はありませんが、2分を過ぎるころから、「あれ、、、光ってきてない?」という状態になり、5分もしたら「えー? 何、これ。きれいだわ、、、まるで別物」となります。

それは、チューナーが音を立てているわけですから、それを止めようとする働きが皿周辺にもたらされます。それが本当のエネルギーですので、皿にある光りやすいものは、すぐに反応し、驚くほど輝きを増します。

エネルギーが満ちたものは、きれいに輝くのです。台風一過の町が輝くのと同じで、台風は大きなギャップをつくることで、エネルギーを集めるため、台風が過ぎ去った町は輝いているのです。町にエネルギーが満ちたからです。

髪の毛でも同じことができます。チューナーを髪に聞かせていれば、艶が出て輝いてきます。エネルギーが満ちてくるからです。

すべては圧であり、ギャップであり、拮抗であり、それらがあれば、必ず反作用は訪れます。反作用が本当のエネルギーなのです。

まず、圧が元なのですが、圧には重力同士がつくる圧もあれば、音や風、光がつくる圧もあります。

作用に力があると思ってきたのが、これまでの人間の歴史で、ある物に力があるとなれば、最後は戦争になるのも不思議ではありません。

しかし、それが誤解であるとすれば、何というおろかな道を私たちは歩んできたことでしょう。無にしかエネルギーはない、、、圧の解消時にエネルギーが訪れる、、、となれば、これから私たちが進む道も自然に見えてくると思うのです。

さて、圧の中でも、物理的な性格が薄くなるほど強い圧になります。物には力はないので、物同士で圧をつくる触媒としては使えますが、物自体では意味がないのです。

物は結果物であり、作用の結果の残骸のようなものともいえるでしょう。ただし、どんなものでも、作用の際の力が今も働いていれば、物は物として存在し続けます。

常にエネルギーが入り続ければ、物は存在できるのです。

圧の順番を知っておく必要が次にあります。

重力がもたらす圧  空気がもたらす圧   光がもたらす圧  音がもたらす圧
電磁波がもたらす圧、、、、色々な圧が考えられますが、物理的実体のない圧こそ最高の圧となります。

私は光と光をぶつけ合ってあえて光干渉を起こさせ、その部位にケガなどの問題部位をあてると、すぐに回復に向かうことを実験により確信しました。私の顔にあった厚さ1ミリ以上の大きな黒い塊りに懐中電灯2本を照射し、エネルギーを送ったところ、わずか2週間でボロボロと取れてなくなりました。照射時間は朝昼5分程度でした。

左ほほにあった大きな黒い塊りでしたので、私のことを知っているかたは、確かに、、、、と驚かれます。二本の懐中電灯での結果だったのです。同様に、奇跡的なことは数多くあります。

光の干渉によるゼロ光ポイントがエネルギーを集める力が非常に強いために起こった出来事でした。

さらに音と音が合わさる際に生じるゼロ音ポイントは、深い感動を共鳴を人にもたらします。

今、はやっている髪の手入れ法で有名になったドライヤーで髪を乾かした後、すぐに冷風にしてドライヤーをかけると、髪がしなやかになりピカピカに輝くというものがあります。試して合点というテレビでもやっていたので、今は有名ですが、凄い効果があります。

これは、温風と温められた髪にすぐに冷風が送られることで、温度のギャップを埋めるようになり、エネルギーが髪に集まるから輝き出すわけです。

寒流と暖流がぶつかり合う海域は豊富な漁場です。両方の魚がいるから漁場だと思うのは間違いで、寒暖のギャップが解消されエネルギーが生じるから、プランクトンなど豊富となり、魚が多くなるわけです。

ドライヤーで輝く髪の原理とまったく同じです。

温度差のあるものが温度差のゼロになることで、エネルギーを得ているのです。

このように、重量、海流、温度、音、光、電磁波、色々なものが圧、すなわちギャップをつくることで、地球もエネルギーに満ちた世界を継続させているのです。

そして、大事なことはこうしたギャップがより物理的でないものになるに従い、それが根源的なものに近いゆえに、優先され大きな反作用をもたらすという点です。

もっとも物理的から遠い圧、、、そう意識がここで登場します。

意識圧が最大の圧なのです。意識圧がもたらすギャップ解消によって、この世のすべての物が作られていると言っても良いでしょう。

意識されなかったものは存在すらしていないし、今後存在することもないのです。

どこに意識を向けるか、、、によって、作るものが、表現されるものが、この世にあらわれるものが決まります。

意識とは、何を見ているか、、、ということなのですが、意識は誰のものか、、、という観点がとても重要なのです。

意識は本当は自分のものではありません。意識はただ見ている、、、というだけで、本当はそこには自分すら存在していないのです。

わかりにくいので、簡単な例を出すと、今、ここで誰かが突然死んだとします。予兆なく死んだとして、例えば、爆弾の爆発などで死んだとしましょう。

すると、私たちの意識はそれを見ているのです。あれ、どうしたの、、、何があったの、、、あれ、私が倒れてる、、、死んだのかしら、、、と、そんな感じでしょうか。体験したことないのでわかりませんが、とにかく、意識は死ぬことがないが、常に見ているので、そんな感じになるのだと思います。

そしてそれが本当の私、、、私という意識すらない、ただ見ている私、、、の意識。

その意識には名前もなく、時間もなく、死もなく、場所もない、、、ただただある実態としての意識。

言葉にすると大げさですが、実際に自分の中に、外界や自身の内を見つめている働きがあり、それを知ることはわりと簡単にできると思います。

今、何の損得も計算も理性もない、ただただ見つめている自身の意識、、、ここからエネルギーが訪れるのです。それを本当の自分と捉えることができれば、あらゆる問題は解消します。

しかし、意識の時点に行かない問題解決はないのです。極論すれば、この世のあらゆる営みは、やがてはゼロに戻ります。どんなに良いことも悪いこともすべては無に戻ります。地球も宇宙も同じです。

しかし、意識は形ないが故に、永遠です。物理的な制約を受けません。それが本当の自分というのです。

本当の自分というより、誰のものでもない、分霊のような形で私を通してみているだけ。本当は自分の意識でもなく、どの意識にも共通し、最終的には全体の意識に戻る、、、その際には、この世の物理的な出来事はすべて消失し、ただただ喜びの世界に戻る、、、、

この世のことは、本当は意味がないのですが、意識の拡大の触媒として優れているのだと思います。

無の世界に戻ったことがないのでわかりませんが、それに似た思いはみんなしていると思います。人の思いが自分のことのように思える時があるのも、何かを普遍的に感じることがあるのも、すべて共通する意識を私たちが持っているからに他なりません。

その共通の意識は、物にも植物にも動物にも人にも、未来にも過去にも宇宙にも飛ぶことが自由です。意識圧には限界がないのです。

この世の本質が物ではなく、意識にあるということが、エネルギーの法則から導きだされことになります。

意識は共通ですので、自他を分ける意識からは、大した反作用は訪れません。自他を超える意識圧から、素晴らしい未来も訪れることになるはずです。

それは理想論ではなく、私たちを見守る道ともなるのです。今さらに、自他を強化し、他よりも抜きん出ようとの行動で、幸福になることなどできないと思うのです。

幸福になったとたんに、宇宙は本質を知らせようとしますので、お金は入ったが、別の圧をおそらくその人に掛けてくることでしょう。愛ゆえです。だから恐いのです。

悪いことをして得したと思うほど、もう人は単純ではいられない時代です。何が自分を本当の意味で守り、育てるのか、、、それは、自分だけでない皆と共通したものに気づくことでしか到達できない安心の中にあります。

塩は潰れてその形を失ったときに生きてきます。
地にまかれた種は、発芽し、種としての命を失ったときに生きてきます。

古い古い、ことわざです。



お知らせ
5月11日の夜、恵比寿のスタジオでチューナーナイトを開催します。

みんなでチューナーを鳴らして、音のギャップを作り、エネルギー空間をこしらえます。最後には、棺桶瞑想という、死んだと過程したチューナートーニングによって、無の仮状況を作り、エネルギーの根源と接触し、エネルギーに満たされようとのセッションがあります。
あと、数名で締め切りますが、ほとんどがリピーター様でしたので、ぜひ新しい方もお試しください。

432Hzのシュタイナーサウンド、大好評です。128hz及び153Hzのトーニング体験、ぜひ、お店でご体験ください。頭部共振による脳へのエネルギー補給に優れています。

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